巻二十八立読抜盗句歌集

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巻二十八立読抜盗句歌集

夜長なほ長かれともの書きしころ(鷹羽狩行)

体型に合はぬ外套文語文(前田半月)

鳥雲に身は老眼の読書生(松本たかし)

糸電話古人の秋につながりぬ(摂津幸彦)

ストレスは吐き出すものと鵙高音(物江晴子)

大正のロマンが好きと色の足袋(尾畑悦子)

陰陽の岩ある山の旱かな(茨木和生)

まとまらぬままに風鈴売りの音(斎藤朝比古)

アスファルト地獄に出づるみみずかな(瀧澤静)

七十は使ひっぱしり夏祭(脇坂規良)

日短かやかせぐに追ひつく貧乏神(小林一茶)

不祝儀の袋書きをり祭笛(水谷芳子)

江戸留守の枕刀やおぼろ月(朱拙)

充電を終えて出てくる木下闇(尾崎竹詩)

永らへてみても良し悪し寝酒かな

凩や石積むやうに薬嚥む(大牧広)

罰当たり言はれて目覚む残暑かな(内山秀隆)

善人と察して停る赤蜻蛉(町田蚕子)

冬木立貝になりたい人ばかり(大牧広)

しがらみ(柵)を抜けてふたたび春の水(鷹羽狩行)

しがみつく力やのこす蝉のから(此筋)

冬服の紺ネクタイの臙脂かな(久保田万太郎)

つじつまの合わぬ話や蜆汁(石田香枝子)

文弱の亭主の好きな貝割菜(澤木欣一)

蚊喰鳥ネオンは語りはじめたる(山田弘子)

巴里は夏マダムの犬の躾け良し(春田珊瑚)

医者のいふ諸悪が好きで梅雨ごもり(佐治朱港)

不景気の風の吹き込む慈善鍋(岡本佐和子)

貧しきは貧しきなりに赤い羽(堀川雄次郎)

才無くて鶴女房と夜なべかな(星野石雀)

涼しさや右から左に抜ける耳(岡本久一)

身に入むや是清の書の「不忘無」(神蔵器)

言い訳のように夫のシャツも買う(西野恵子)

刈りてゆくほどに晩稲の穂のたわわ(中川萩坊子)

潤目鰯(うるめ)焼けば落葉の色の浮きいでぬしぐれの雨の降るはもうすぐ(柏崎驍ニ(きょうじ)

敬老日昔の人と言はれけり(菊地潔)

蜻蛉(かげろう)の行く先々の勘違い(渡辺美代子)

歳晩や身に膏薬の千社札(藤田湘子)

包丁の身動きとれぬ南瓜かな(菅野潤子)

大寒の靴下座らねば履けぬ(坂田直彦)

からませて腕の記憶も青葉どき(満田春日)

齢にも艶といふもの寒椿(後藤比奈夫)

ネクタイは季題のごとく締むるもの(筑紫磐井)

壺割れてその内景の枯野原(東金夢明)

まず一歩より逸れてゆく西瓜割(坂井和子)

水割りの水を濃いめにして蛍(春川暖慕)

隠居して五反の麦の主哉(正岡子規)

鮎は影と走りて若きことやめず(鎌倉佐弓)

顔面に艶本のせて鮎の宿(今岡正孝)

忘るるに使ふ努力や藪からし(杉田奈穂)

春一番見かけ倒しも芸のうち(佐藤鬼彦)

あれやこれもたつくことの多くなり老いのゆとりに慣らされ生きる(中山由利子)

何もかも捨てると言へど捨て去れぬものありてこそ人のなさけか(森川町子)

宵戎英語達者の露店商(藤原正己)

西日中世辞も値に入れ小商い(大塚良子)

ちようしたの鰯の缶詰独酌す(高澤良一)

いつの間に昔話や春灯(塚田采花)

存じあげぬ虫も鳴きをる夜明けかな(菅野仁)

ひと月も後の訃報や鳥渡る(池谷涼子)

手を出して日照雨(そばえ)たしかむ鉦叩(古賀勇理央)

芒活け机いささか文士めく(鈴木鷹夫)

沈黙に飽きてため息寒蜆(池田星州)

のどかさや一年ごしの橋普請(正岡子規)

古物屋や路地にせり出す炬燵板(山口珠央)

満月に落葉を終る欅あり(大峰あきら)

こころみにほかの月をもみてしかなわが宿からのあはれなるかと(花山院)

風邪声で亭主留守です分かりませぬ(岡田史乃)

夕刊に悲しき話蚊遣香(山西雅子)

ゆれだして蜘蛛の囲にある思う壺(畠山濁水)

苦瓜や昼酒の量むずかしく(斎藤徳治)

浮世をば縮めて見せる芝居かな(正岡子規)

ジョーカーの捨て時逸す夜長かな(田中悦子)

父の痴呆冗談ならむ松明くる(徳武和美)

無事は是貴人といへり蕪蒸(森澄雄)

対称に妻おることの安定がわれに大きなガラスを拭かしむ(石本隆一)

散歩中の顔見知りたる飼い主に会釈をすれば犬も尾を振る(松本三千男)

遺されし酒の封切る夜長かな(関陽之祐)

蝋の鮨のぞく少女のうなじ細く(高見順)

北向の貸家のつづく寒さかな(岡本綺堂)

あの人にかぎってという白障子(河西志帆)

つちふるやつり革で読む三国志(福本弘明)

始まりは風かも知れぬ山粧ふ(佐藤斗志子)

第三の志望なりしが入学す(上野泰)

どの熊もまじめに真顔で撃たれけり(河西志帆)

火だるまの秋刀魚を妻が食はせけり(橋本夢道)

世帯裏見抜きて来しか蜆売(小原紫光)

釣り銭の硬貨濡れおり初鰹(岡島昭二)

木枯や二十四文の遊女小屋(小林一茶)

登場人物多く疲るる秋燈下(高崎公久)

抽象となるまでパセリ刻みけり(田中亜美)

冬の日や獣の貌に檻の影(相子智恵)

見当のつくこえ過ぎぬ秋簾(高澤良一)

甚平にとどめの駒を打たれけり(中澤昭一)

誰からも好かれね自由なめくじり(仲寒蝉)

看板のぽつりと示す登山口(山内梓)

桐一葉踏んで入りけり神谷バー(鈴木鷹夫)

折込みのチラシの殖えて秋ふとる(郡司未津子)

無礼なる妻よ毎日馬鹿げたものを食わしむ(橋本夢道)

カタカナ語あふれ小春の失語症(中嶋志摩)

誰かもう通り過ぎたる雪の道(川上英泉)

古足袋の四十に足をふみ込みぬ(嵐雪)

真贋は知らぬが仏土用干(岩崎美範)