「キンミヤ - 田中幾太郎」宝島社刊大衆酒場の達人 から




「キンミヤ - 田中幾太郎」宝島社刊大衆酒場の達人 から

「キンミヤ」の愛称で知られる亀甲宮焼酎。老舗の大衆酒場だけでなく新店にもその勢力を拡大、“”空色に金色で宮のラベル”を崇拝する客も急増中だ。いったい、なぜこれほどの支持を得るに至ったのか。

「店をオープンするにあたって、下町の大衆酒場を回ってリサーチしたんですが、流行っている店の多くがキンミヤを置いていたんです」
こう話すのは昨春、西東京市で居酒屋を始めた30代のオーナー。さっそく、サワー類やホッピーなどで割る焼酎として、キンミヤを置くことにした。
「クセがないので割材に合うのはわかっていましたが、意外だったのは、甲類のキンミヤを乙類の芋焼酎麦焼酎と同じようにロックや水割りで飲む人がけっこういること。キープ用のボトルも置くようにしたところ、売り上げ増につながりました」
キンミヤの正式名称は「亀甲宮焼酎」。製造するのは1846年に創業した三重県四日市市の造り酒屋「宮崎本店」だ。当初は芋焼酎を造っていたが、1930年にドイツ製連続式蒸留機を導入し、亀甲宮焼酎の製造を始めた。
ここ数年、首都圏を中心にこのキンミヤを置く居酒屋が急増しており、それは数字にも表れている。全国メーカーの甲類焼酎の出荷量はこの8年間で87%に減っているが、キンミヤは逆に275.9%と3倍近くまで増えているのだ。
実は、甲類焼酎の原材料(主にサトウキビから精製した糖蜜)や製法はどこのメーカーもほぼ同じ。味にそれほど差がないはずなのに、なぜキンミヤだけがもてはやされるのだろうか。

甲類焼酎の味の差は仕込みの水の違い

「水が違うんです」と説明するのは宮崎本店取締役東京支店長の伊藤盛男さんだ。
「焼酎甲類の味に差が出るとしたら、仕込みの水なんです。キンミヤに使っているのは鈴鹿山脈の伏流水。ミネラルをほとんど含まない超軟水で、味がまろやかになる。粒子の細かい水なので、割材とも馴染みやすいんです」
だが、これだけではキンミヤの人気の秘密を解明したことにはならないだろう。いくらおいしいといっても、他メーカーの製品と比べ、極端に品質に開きがあるわけではない。これが日本酒なら、米の産地、精米歩合、麹の質、醸造法など、味を左右する要素は数え切れないほどある。キンミヤをオーダーする多くの客も、提供するの店側も、そこまで焼酎甲類を極めたいと思っているわけではないはずだ。水の違いを挙げるだけでは、8年間で出荷量が3倍近くに増える説明にはならないだろう。
そこで思い出されるのは、数年前からよく耳にするキーワード。ホッピー好きの間で交わされるようになった「ホッピーならキンミヤでしょ」という合言葉だ。

 

「ホッピーにはキンミヤ」口コミがネットで拡散

ホッピーは戦後まもなく登場したポップと麦芽を使ったビール風飲料。焼酎を加えれば安く酔えると爆発的人気を呼んだが、1980年代に入ると、ハイサワーなどの新商品に押され、売り上げも大きく落ちた。
復活の兆しが見えはじめるのは1990年代末。「プリン体ゼロ」の飲料として注目されはじめ2002年には「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系)や「タモリ倶楽部」(テレビ朝日系)でも特集が組まれた。これをきっかけに再びホッピー人気が上昇。それに呼応するように、キンミヤも売り上げを伸ばしていった。そして「ホッピーにはキンミヤ」という合言葉が口コミで広がっていったのだ。
「そうした口コミが今はインターネット上にも載るようになり、右肩上がりの伸びにつながっています。ここのところ、もつ焼き屋を始める若いオーナーさんが多いのですが、彼らがキンミヤを入れてくれている。
開業に際し、ホッピーに合う焼酎は何かネットで調べるとキンミヤについて書かれたページがたくさん出てきて、それで決めたというオーナーさんが多いんです」(前出・伊藤東京支店長)
ところで、ホッピーとキンミヤを結びつける「口コミ」の出発点はどこにあったのだろうか。
ホッピーの製造元であるホッピービバレッジに問い合わせたところ、「特定の焼酎メーカーについて、お話することはできない」とつれない返事。「宮崎本店以外のメーカーとのつきあいもあるから」だろうが、それはあくまでも表向きの理由だ。ホッピービバレッジの石渡光一会長と懇意にしている伊藤東京支店長は次のように話す。
「もつ焼き屋が開店すると、ホッピービバレッジの社員が出向いて、ホッピーの飲ませ方のアドバイスをするんですが、その際に持参するのがキンミヤ。石渡会長もずいぶん前から、訪れる先々どキンミヤとの相性のよさをアピールしてくれていたようです」
いくつかの店に問い合わせたが、ホッピービバレッジの社員がキンミヤを使ってつくり方を実演したという話までは確認できなかった。だが、伊藤氏の話が事実だとするならば、石渡会長はなぜホッピーと一番相性がいい焼酎として、キンミヤを指名したのか。

 

ホッピー会長が通った小田原のホルモン焼き屋

それに関して、宮崎本店の伊藤東京支店長は、石渡会長から以下のようなエピソードを聞いたという。
石渡会長はホッピーの低迷で苦境に喘いでいた社長時代、どうすれば売れるのか、思いを巡らしていた。そこで注目したのが、ホルモン焼きとうまいホッピーを出すことで知られる小田原の『柳屋』という店だった。この店だけで毎日、ホッピーが200本以上も出ていた。なぜ、こんなに出るのか不思議に思った石渡会長は、そこから少しでもヒントをつかもうと、ホッピービバレッジ本社がある東京・赤坂から小田原に通いつめた。柳屋ではホッピー通の間で知られる「三冷」といわれる提供の仕方をしていた。ホッピー、焼酎、ジョッキをギンギンに冷やしておくのだ。そして、ジョッキに5分の1ほど焼酎を入れ、ホッピーを勢いよく一気に注ぐのである。氷は入れない。風味が損なわれてしまうからだ。
石渡会長はホッピーのおいしさに満足しながらも、一番知りたかった焼酎の銘柄がわからないことにがっかりしていた。焼酎はビンから別の容器に移され、判別ができないようにしてあったためだ。店員に尋ねても教えてくれず、客同士も「秘密の液体」と称していた。要するに、企業秘密だったのである。ホッピーに一番合う焼酎が何かを知られ、他の店に真似されることを恐れたのだ。
何度、足を運んでも焼酎の銘柄を知ることができなかった石渡会長は、ついに痺れを切らして、こっそりと店の裏を覗いてみた。そこで見つけたのはキンミヤのビンだった。以来、石渡会長は他のメーカーに気を使いつつも、ホッピーに合う焼酎としてキンミヤの名前を挙げるようになった-。

甕からボトルに変更でキンミヤ人気が復活

ホッピーはなくても、キンミヤにこだわっている店もある。1877年創業、東京・北千住の居酒屋『大はし』だ。「60年近く前、関西から来たお客さんが、“これがいけるよ”と教えてくれたのがキンミヤでした。試飲したら、たしかにうまかった。以来、うちに置いてある焼酎はキンミヤだけです」
こう話すのは四代目店主の神野彦二さん。御年87歳だが、今も仕込みから接客まで先頭に立って切り盛りしている。店内の壁に設けられた棚にはキンミヤの600ミリリットルボトルが実に600本。「キンミヤブルー」と呼ばれる空色のラベルが整然と並び、その様は壮観だ。しかし、以前は甕で仕入れ1杯ずつ売っていた。
「40年ぐらい前、ウイスキー人気に押され、焼酎がまったく売れない時期があったんです。バーなどでボトルキープができるのがウケているのではないかと思い、甕からボトルに変え、キープできるようにしたらこれが当たった。再び、キンミヤを注文するお客さんが増えたんです」(神野さん)
ここでのポピュラーな飲み方は梅割り。コップになみなみ注いだキンミヤに梅シロップを数滴垂らすのだ。
「昔はキンミヤを生一本で飲む人も多かったんだけど、今は梅割りか炭酸割りがほとんど。飲みやすさが重視される時代なんですね」(神野さん)

大手チェーンの注文を断った宮崎本店の戦略

宮崎本店の伊藤東京支店長は、この『大はし』や南千住の老舗酒場『大坪屋』など、古くからつきあいのある店について、「キンミヤのアンテナショップ的な役割も果たしてくれるありがたい存在」と話す。それだけに店を裏切れないとの思いも強い。
「うちはキンミヤの値引きはしないという方針なんですが、たまにスーパーやネットで安く出てくることがある。そんなケースを見つけたら、すぐに商品を押さえにいく。こんな値段で売っているのかとお客さんに思われたら、つきあいのあるお店に迷惑がかかりますから」
同様の意味で、基本的に大手チェーン店には卸さないという方針も立てている。
「大手居酒屋チェーンから2000店舗に入れてほしいという要請があったんですが、断りました。従来から置いてくれている店にとっては、「あそこに行けばキンミヤを飲める」というのがひとつのウリ。大手が参入してくれば、そうしたメリットが失われてしまう。その後も大手チェーンから1000店ならどうか、500店なら、300店なら……と話が来て、結局、2店だけお受けすることにしました」
この判断は賢明だったろう。大量販売に踏み切れば、長年かけて培ってきた“下町大衆酒場の名脇役”というイメージは崩れてしまう。
現在、宮崎本店の悩みは本社のお膝元の地区で、なかなかキンミヤの売り上げが伸びないことだという。
「新しい地区では北海道、東北、沖縄などにも進出。沖縄ではキンミヤを入れてくれている店がすでに120店舗ほどあります。ところが、東海・近畿では苦戦続き。このあたりは焼酎を炭酸で割って飲む習慣がほとんどないんです」
キンミヤにホッピーという組み合わせの啓蒙、認知していけば関西や東海でも必ずや流行ると思うのだが、いかがだろうか。