「詐欺幇助罪の成立が認められた事例 - 同志社大学教授十河太朗」法学教室2023年5月号から

 

「詐欺幇助罪の成立が認められた事例 - 同志社大学教授十河太朗」法学教室2023年5月号から

広島高裁令和4年7月27日判決

■論点
特殊詐欺の正犯者にIP電話回線利用サービスを提供する行為は、詐欺幇助罪に当たるか。
〔参照条文〕刑62条1項・246条1項

【事件の概要】
被告人Xは、IP電話回線販売・レンタル業等を営むA社の顧問としてA社の業務全般を統括し、被告人Yは、A社代表社員としてA社の業務全般に従事していた。XおよびYは、BらがCらに電話をかけてCらを欺き現金を交付させるなどした3件の詐欺に際して、各犯行に使用されることを知りながら、これに先立ち、D社という事業実態のない法人を介在させてBらにIP電話回線利用サービスを提供した。
原判決が詐欺幇助罪の成立を認めたのに対し、弁護人は、ア、本犯の実行行為や、IP電話回線提供の日時・場所・相手方が特定されておらず、X・YがBらの犯行を容易にしたとするには無理がある、イ、電話回線が詐欺に利用される割合によって有罪無罪を決定するのは不合理である、ウ、当該回線が詐欺に使用されることをX・Yが見抜くのは無理を強いるものであるなどと主張し、X・Yに詐欺幇助罪は成立しないとして、控訴した。

【判旨】
〈控訴棄却〉 本判決は、弁護人の上記主張のうち、アおよびイは幇助行為性を、ウは詐欺幇助の故意をそれぞれ否定するものであるとした上で、以下のように判示した。
(i)弁護人の主張アについて
「幇助行為時点において、本犯の内容が確定している必要はなく……、原判決が……、幇助行為時において、将来実現される蓋然性のある犯罪が社会的に見て組織的に敢行される特殊詐欺という程度に特定されており、現にそのような詐欺行為が実行され、それに寄与した以上、客観的には幇助行為に当たるとしているところ、その判断に誤りはない」。
(ii)弁護人の主張イについて
「原判決が、……A社がD社に対して提供するIP電話回線の多くが特殊詐欺を含む犯罪行為に利用されることとなる蓋然性が極めて高いものであったと認定し、更にD社という事業実態のない法人を介在させて犯行関与者の特定を困難にする形態で回線を提供していることなども併せて考慮した上で、本件詐欺の幇助行為性を肯定したその判断に不合理な点はない」。
(iii)弁護人の主張ウについて
「原判決は、個々のIP電話回線提供行為の際に、個々のIP電話回線について確定的に特殊詐欺に利用されることの認識までは要しないとし、詐欺幇助の故意責任を問うには、幇助行為を思いとどまるべきであるという規範に直面できるだけの認識があれば足り、本件では、継続的にD社名義での発注の多くの割合が詐欺を含む犯罪に利用され、それが社会的に見ても無視し得ない状況であることが理解できるだけの包括的な認識が被告人らにあるから、被告人はに詐欺幇助の認識に欠けるところはない旨の判断をしているところ、その判断に誤りはない」。

 

【解説】
1 本件では、X・YがIP電話回線の提供により特殊詐欺の各犯行を容易にしたとして、詐欺幇助罪に問われた。特殊詐欺は、複数の者が異なる役割を分担しながら不特定多数人に対し反復継続して犯行を行うところに特徴がある。そのため、本件がそうであったように、特殊詐欺に関与した時点では、個々の正犯行為の具体的な内容が確定しない場合も少なくない。本件では、そのような場合にも幇助行為性が認められるかが争われたが、本判決は、X・YがBらにIP電話回線を提供した時点では具体的な詐欺の各犯行の時期や場所、詐欺の実行者および被害者が確定していなくても、将来実現される蓋然性の犯罪が社会的に見て組織的に敢行される特殊詐欺という程度に特定されていれば、幇助行為性は認められるとした。(判旨(i))
2 また、IP電話回線の販売等の業者であるX・YがBらにIP電話回線を提供した行為は、日常取引行為あるいは業務行為にすぎないともいえる。そこで、日常取引行為や業務行為であっても幇助行為性が認められるかも問題となる。
最決平成23・12・19刑集65巻9号1380頁は、被告人が開発したファイル共有ソフトを自己のホームページ上で公開、提供したところ、多数人がこれを著作権侵害に利用した事案について、ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識、認容しながらソフトの公開、提供を行った場合や、ソフトの入手者のうち例外的とはいえない範囲の者がソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合に限り、ソフトの公開、提供は幇助行為に当たるとしている(なお、広告代理店経営者が売春の宣伝用チラシを販売して新聞紙上に広告を掲載させた事例につき 売春周旋目的誘引罪〔売春6条2項3号〕の幇助犯の成立を認めた判例として、大阪高判昭和61・10・21判タ630号230頁、また、印刷業者が売春の宣伝用小冊子を作成した事例につき売春周旋罪〔同条1項〕の幇助犯の成立を認めた裁判例として、東京高裁平成2・12・10判タ752号246頁。他方、郵便物受取サービス業者が特殊詐欺に関与した事例につき詐欺幇助罪の成立を否定した裁判例として、東京高裁平成27・11・11東高刑時報66巻1~12号112頁)。
本判決は、X・Yが提供したIP電話回線の多くが特殊詐欺を含む犯罪行為に利用される蓋然性が極めて高かった点に加え、X・YがIP電話回線提供の際に事業実態のないD社を介在させて犯行関与者の特定を困難にした点を指摘し、X・Yの詐欺の幇助行為性を肯定した(判旨(ii))。X・Yの行為は、一般的な日常取引行為や業務行為の範囲を超えて正犯行為を容易にするものであると評価したのであろう。
3 更に、正犯行為ね内容について具体的な認識を欠く場合に、幇助犯の故意が認められるかも問題となる。本判決は、提供したIP電話回線の多くが詐欺等の犯罪に利用され、それが社会的に見ても無視し得ない状況であることが理解できる包括的な認識がX・Yにある以上、規範に直面できるだけの認識があり、故意が認められるとした(判旨(iii) 。上述1および2の点に対応して、提供したIP電話回線の多くが特殊詐欺に利用されることの認識があった点を重視したものといえる。