「「公然と陳列した」に当らないとされた事例 - 成瀬幸典」 法学教室 No.448 から

「「公然と陳列した」に当らないとされた事例 - 成瀬幸典」 法学教室 No.448 から
 

刑法175条1項前段の「公然と陳列した」に当たらないとされた事例 東北大学教授 成瀬幸典

阪高裁平成29年6月30日判決

論点
わいせつ電磁的記録記録媒体陳列罪における「公然と陳列した」の意義。
(参照条文)刑175条1項前段

事件の概要
X(被告人)は、パーソナルコンピュータを使用し、インターネットを介して、Vの陰部を撮影したわいせつな画像データ等(以下、本件データ)を、A社が管路するサーバコンピュータ内に開設された「Aボックス」に送信して、記憶、蔵置させると共に、Aボックスに公開設定をして(以下、本件行為)、公開用のURL(以下、公開URL)の発行を受けた。Aボックスとは、Aアカウントを持つ者であれば無料で利用可能な、A社が提供しているオンライン上のストレージサービスであり、そのユーザーは公開機能を用いて、Aボックス内の特定のファイルやフォルダーを第三者に閲覧させることができる仕組みを備えていたが、実際に第三者に閲覧させるためには、公開U RLを見 せたい相手に電子メール等を使って送(り、その者に同URLにアクセスさせ)る必要があった。Xは本件データの公開URLをVに送信したが、V以外の第三者には送信しなかった。第一審(大阪地裁平成28・12・15LEX/DB25546417)は、わいせつ電磁的記録記録媒体陳列罪(以下、本罪)の「公然と陳列」するとは「画像データ及び動画データの内容を不特定又は多数の者が認識できる状態に置くことをいい、実際にそれらの内容を再生閲覧することまでは必要ではない」とした上で、本件行為により、Xが公開URLの発行を受けた段階で、本件データの内容を不特定又は多数の者が認識できる状態に置いたとみるべきだとして本罪の成立を認めたため、Xが控訴した。

判旨
〈本罪につき無罪〉「Aボックスやその公開機能の仕組み等(・・・・・)によれば、Aユーザーが、Aボックスに保存したデータをマイボックス内で公開設定した時点では、そのユーザーに公開URLが発行されているにすぎないから、公開設定されたデータを第三者が閲覧し得る状態にするには。公開設定に加え、公開URLを添付した電子メールを送信するなどしてこれを外部に明らかにするというAユーザーによる別の行為が必要となる(・・・・・)。」「Aユーザーが、公開URLを電子メールに添えて不特定多数の者に一斉送信したり、SNS上や自己が管理するホームページ上でこれを明らかにしたりすれば、その公開URLにアクセスした者が公開されたデー タを閲覧 することは容易な状態となるから、当該データの内容がわいせつな画像に当たる場合には、これを『公然と陳列した』ものとして」本罪が成立するが、本件の場合、Xは本件データを公開設定したものの、その時点では公開URLが発行されたにすぎず、第三者が同URLを認識することができる状態にはなかったので、本件行為だけでは「いまだ同データの内容を不特定又は多数の者が認識することができる状態に置いたとは認められ」ない。Xは本件データの公開URLをVに送信しているが、これは「特定の個人に対するものにすぎないから、これをもって同データの内容を不特定又は多数の者が認識し得る状態に置いたと認めることもできない。結局、Xは、本件データの内容を不特定又は多数の者が認識 することができる状態に置いたとは認められない」ので本罪は成立しない。

解説
1、情報通信ネットワークの発展に伴い、わいせつな画像データをインターネット・サービス・プロバイダが設置するサーバに記憶・蔵置する行為が、本罪の「公然と陳列した」(以下、公然陳列)に当たるかが議論されるようになった。この点につき、最決平成13・7・16刑集55巻5号317頁(以下、13年決定)は、公然陳列とは「その物のわいせつな内容を不特定又は多数の者が認識できる状態に置くことをいい、その物のわいせつな内容を特段の行為を要することなく直ちに認識できる状態にするまでのことは必ずしも要しない」とした上で、わいせつな画像データの内容を閲覧するために閲覧者側の一定の操作が必要な場合でも、当該操作が、閲覧のために「通常 必要とさ れる簡単な」もので、「比較的容易に」閲覧可能であるときには公然陳列に当たるとした。本判決及び第1審判決もこの立場を踏襲していると考えられる。13年決定の基礎には、本罪の保護法益は性生活に関する秩序及び健全な風俗であり(最大判昭和44・10・15刑集23巻10号1239頁参照)、わいせつな内容を不特定又は多数の者が「比較的容易に」認識できる状態に置けば、本罪が予定する法益侵害性が認められるとの理解があると推測される。このよな理解は基本的に妥当であると思われるが、公然陳列と認めるために、どの程度の容易さが必要であるかは問題であり、本判決と第1審判決とで結論が分かれた理由もこの点にあると考えられる。
2、第1審判決は、本件行為が公然陳列に当たる実質的な理由を述べていないが、本件行為によって、Xは任意の時期に公開URLを外部に明らかにし、それを知った不特定多数の者に「通常必要とされる簡単な操作」で「比較的容易に」本件データの内容を認識させる危険性を創出したといえることから、本罪の成立を基礎づけうる法益侵害性が認められると考えたのかもしれない(なお、本件では、私事性的画像被害防止法3条2項の私事性的画像記録物「公然陳列」罪の成否も問われたが、同罪との関連では、被害者保護の観点から、公開URLの外部への公表前に捕捉する必要性が高い)。
しかし、本件の場合、Xは不特定多数の者に本件データの内容を認識させるために必要な行為(=公開URLを外部に明らかにする行為)を終えていないため、公然陳列行為が完了したとはいえないし、法益侵害性の程度も13年決定の事案よりも低いレベルにとどまっている。本判決が下線を指摘した上で、下線のように結論づけ、本件行為の公然陳列該当性を否定したのは妥当であったと思われる。もっとも、下線が、本罪の成立のためには、電子メールやSNS等を通じて、実際に不特定多数の者に向けて送信・発信されたことが必要であることを述べているのであれば、疑問の余地がなくはない。Xが不特定多数の者に本件データの内容を認識させるために必要な行 為をなし終 えたのであれば(例えば、特定の日時に、公開URLが添付された電子メールが不特定多数の者に自動的に送信される設定を行ったのであれば、送信前の段階であっても)、公然陳列に必要な行為は完了し、本罪の成立を基礎づけうる法益侵害性が認められると解することも不可能ではないように思われる。