(巻三十五)立読抜盗句歌集

(巻三十五)立読抜盗句歌集

三門をくぐれば仏徒風青し(石田阿畏子)

手に届く身近な願ひ星祭(萩庭一幹)

物指しの違ふあなたと心太(平野みち代)

作品としては未熟の入道雲(濱上こういち)

年の暮眼鏡ずらして見る世間(清水れい子)

トーストにのせるもろもろ暮の春(服部早苗)

ストレスの強きものより紅葉す(佐藤文子)

その裏は蜘蛛が囲を張るネオン街(柴田佐知子)

墨堤に返す波間の都鳥(鳥飼しげを)

下手の碁の四隅かためる日永哉(正岡子規)

手を抜けばかうなる見本蚯蚓の死

第三の人生の座や春炬燵(向井良治)

ゆるゆると生くるときめてところてん(三宅文子)

落鮎と思ってをらぬ鮎泳ぐ(仲寒蝉)

城下ならではの町名うろこ雲(馬場公江)

紙魚走るバブル絶頂期の日誌(柴崎正義)

一心に見上ぐる子猫貰ひけり(吉田葎)

傘形の連判状や盆踊(脇坂規良)

長生きをして冷蔵庫四台目(福嶋紀子)

レース編むすごく綺麗でいらぬもの(杉田久子)

耳すこし遠くなりしか蚯蚓鳴く(中塚久恵)

春風や見えて登らぬ山ばかり(柴田佐知子)

雑草と言う草あらず仏の座(宇吹冬男)

喪のネクタイ抜き紛れこむ初戎(奥村せいち)

老いてこそ春の惜しさはまさりけりいまいくつたびも逢はじと思へは(橘俊綱)

あの父にしては良き子でかなぶんぶん(火箱ひろ)

日盛や窓拭く人の命綱(斎藤マキ子)

マリ投げて遊べとさそふ若犬の眼の輝きはさやけかりけり(平岩米吉)

秋ふかし何しに二階へ来たのやら(矢野美与子)

長き夜やもう半分の酒かなし(古厩林生)

花冷の本屋に本の無かりけり(江良修)

さくらんぼあればお菜は貧しとも(久保晴子)

凧きのふの空のありどころ(蕪村)

血圧のくすり一生地虫鳴く(一民江)

目覚めるといつも私が居て遺憾(池田澄子)

ねる前にまねしたと書く日記帳(森家裕美子)

散らかして僕の行方や胡桃割る(いそべ恒基)

唐人も見よや田植の笛太鼓(一茶)

吉原の廓見えたる冬田かな(正岡子規)

今も猶柳散るなり山谷堀(正岡子規)

音のして電球きれし花の冷え(麻田すみえ)

廻されて電球ともる一葉忌(鷹羽狩行)

腰痛の女が投げてよこす栗(川島ひとみ)

古池に投げて蛙を生かしめき(攝津幸彦)

匙投げしやうにも見えて枯蓮田(能村研三)

手から手へ投げては船に西瓜積む(濱永育治)

初雀三つ三ノ輪の浄閑寺(鈴木鷹夫)

駅前に街の未来図春を待つ(富田初代)

寄鍋に差し出す箸の順を待つ(森岡水居郎)

電球の続けて切れし梅雨の底(浜田みじき)

寝苦しくタイマー切れし扇風機(西本十六夜)

飛行機雲何やらさみし尾が切れて(桜庭まさる)

一言を抑え切れずに隙間風(栗山美津子)

水洟や禁煙断酒他人ごと(石塚友二)

初場所やテレビ桟敷を買い切りに(梁川たけし)

負越しの土俵勤むも後二番(高澤良一)

冬花火この骨壺といふ個室(千葉信子)

ススキ対アワダチソウの関ケ原(大木俊秀)

冬芒バスで苦手な場所へ行く(赤羽根めぐみ)

焼酎や煙の中にモツを焼く(檜林弘一)

ビール注ぎ何を言ひ出すやも知れず(山田弘子)

平手打ちの頬の痛さに凍れけり(笠井操)

晩秋やあつさり癌と告知さる(松重幹雄)

敗因を考えている夜長かな(宮川一樹)

何もせぬことも勤労感謝の日(京極杞陽)

博多場所しぐれがちなる中日以後(下村ひろし)

人去りて冬の桜の息づかひ(金子篤子)

豪雪対策公家の軍議に終りけり(竹田恵示)

場末なり月見る空の邪魔もなし(正岡子規)

秋晴や心にかかる雲ひとつ(モーレンカンプふゆこ)

糞(まり)ひりて猫の逝きたる残暑かな(佐久間慧子)

草深く取りにがしたるきりぎりす(井上明華)

灯籠流ししてやる義理もないのだが(夏井いつき)

熱燗や期待するから腹も立つ(高橋将夫)

団地老いて昭和の桜いま盛り(中島修之)

はしばしの言葉のとんがる十二月(若林好)

無為徒食楽しからずや漱石忌(松井幸子)

世中に老の来る日や初しぐれ(許六)

早ばやと重ね布団や露の宿(瀬川みよ子)

この世では邪魔な知・情・意いわし雲(望月哲土)

夜店の灯得体の知れぬもの旨き(神野志季三江)

判決の軽きを怒る残暑かな(竹内柳影)

優柔を冷蔵庫にも叱らるる(森田豊久)

仕留めたる蚊の血の濃さよ吾若し(芳海たくみ)

公園の枯葉のためのベンチかな(鈴木貴念子)

雪の降る町といふ唄ありし忘れたり(安住敦)

永き日やあくびうつして分れ行く(夏目漱石)

厄介な素数なりけり西瓜切る(大矢恒彦)

問ひだして問におぼるる晩夏かな(仲村青彦)

ほどほどに働くがよし山眠る(小島健)

秋惜む神を恐れぬ高さより(今橋真理子)

よろこびは晩年に来よ龍の玉(未詳)

日記買ふ余命宣告受けし日に(芳駿悟)

髪刈つて軽き頭やうそ寒し(長谷川回天)

眠るしか用なき山となりにけり(久野茂樹)

バーを出て霧の底なるわが影よ(草間時彦)

酒飲んで飲んで潰れし光星忌(宮脇龍)

ゆく春や生死不明の弟子一人(丸山哲郎)

長靴の中で一ぴき蚊が暮らし(須崎豆秋)

うつくしや上から下へ秋の雨(上田信治)

里人のわたり候かはしの霜(西山宗因)

洗濯屋良夜へ蒸気あげにける(川崎展宏)

七夕や逢はねば人を忘れゆく(神長哲郎)

世の中を少しづつずれ葱を噛む(山藤三魔)

かりがねや信じて渡る青信号(大黒泰照)

靴磨き靴見て老いぬ鰯雲(倉田春名)

焦がされてこれぞまことの目刺なる(林翔)

花冷のちがふ乳房に逢ひにゆく(真鍋呉夫)