巻二十九立読抜盗句歌集

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巻二十九立読抜盗句歌集

きつかけがあれば木の実は落ちてくる声をかけても笑いかけても(阿部芳夫)

衣食住足りて小犬の糞ひろう(深沢明雄)

四十雀拝観料をとらぬ寺(麻香田みあ)

逃げていてくれし狸や狸罠(鶴丸白路)

胆石の写つていたる初写真(土井田晩聖)

早起きは三文の徳殊に夏(高澤良一)

声掛けて体位交換花は葉に(岩永千恵子)

時の日や一分おくれを正しけり(稲葉雄峰)

鳥帰る土産忘れし急ぎ旅(本宮珠江)

炎天に一樹の影の地を移る(桂信子)

活版の誤植や萩に荻交る(正岡子規)

期財布ハンカチ小銭入立夏(川崎展宏)

池の鯉逃げたる先で遊びけり(永田耕衣)

気分転換ばかりしている天道虫(榊きくえ)

薄目してみゆるものあり昼蛙(伊藤卓也)

真白な干大根の一日目(太田土男)

豚汁の後口渇く蜜柑かな(正岡子規)

言ひ負かす事の面倒冷し酒(宮崎高根)

くずほれて砂に平伏す土用波(鎌田光恵)

黴なんぞ一吹きで済む世代なり(原田達夫)

芋虫の逃げも隠れもせぬ太さ(本間羊山)

行き行きてたふれ伏すとも萩の原(河合曾良)

もったいないが今も信条終戦忌(深井怜)

初生りの蜜柑初生りらしきかな(梅村文子)

伏す鹿の耳怠らず紅葉山(小島健)

人愚なり雷を恐れて蚊帳に伏す(正岡子規)

星一つ失ふ宇宙流れ星(小山内豊彦)

裏窓に補正下着と風鈴と(松永典子)

つかぬ事問われていたる残暑かな(中山妙子)

ほろ酔の足もと軽し春の風(良寛)

左右より話一度に日短(五十嵐播水)

噺家の扇づかいも薄暑かな(宇野信夫)

何たる幸せグラタンに牡蠣八つとは(守屋明俊)

しぐるるや近所の人ではやる店(小川軽舟)

極東の小帝国の豆御飯(上野遊馬)

小当たりに恋の告白四月馬鹿(中村ふじ子)

夕立や樹下石上の小役人(小林一茶)

爪汚す仕事を知らず菊膾(小川軽舟)

黙々と襷の走者息白し(伊藤典子)

わが旅も家路をさしぬ都鳥(下村梅子)

不器用も器用も一生去年今年(榎本木作)

皸(あかぎれ)の妻おのれ諸共あはれなり(石塚友二)

おとろへしいのちに熱き昼の酒(結城昌治)

豆飯の豆の片寄る懈怠かな(宮内とし子)

証券に長けたる女西鶴忌(田島もり)

道楽を許さぬ家訓かまど猫(市川英一)

自らは打てぬ終止符水中花(卜部黎子)

女房の妬くほど亭主もてもせず

春の町帯のごとくに坂を垂れ(富安風生)

秋の夜を忍んで日劇ストリップ(高澤良一)

衣更え遠回りして一万歩(佐々木寿万子)

迷惑をかけまいと呑む風邪ぐすり(岡本眸)

電文のみじかくつよし蕗のたう(田中裕明)

間髪の言葉もう出ず露の草(渕上千津)

冬ごもり厠の壁に処世訓(中神洋子)

船魂を抜きたる船や土用あい(御木正禅)

葛飾や残る水田の濁り鮒(大竹節二)

ジャンパーを椅子の背に掛け六十五(鈴木鷹夫)

酒瓶のどれも半端に桜桃忌(近藤北郷)

車引き車引つつ過ぎにけり(勝海舟)

落葉して地雷のごとき句を愛す(矢島渚男)

分からん句その儘にして冷やかに(田中吉弘)

子の無くて一期の不覚ぶだう食ふ(小林博明)

撃たれたる夢に愕く浮寝鳥(高橋悦男)

電脳の反乱近しガマ(漢字)が鳴く(畑山弘)

ああ小春我等涎し涙して(渡辺白泉)

公傷さへ油断といふか蟻地獄(安田杜峰)

凍返る瀧の不動の面構(野間ひろし)

勤勉が身の破滅にて蟻の列(水谷郁夫)

裏返る自負の暗みに亀鳴けり(老川敏彦)

重大なミスをつるんとなめこ汁(川崎益太郎)

しばらくは風を疑ふきりぎりす(橋間石)

一言に気分害しぬなめくじり(高澤良一)

いつわりの巧を言うな誠だにさぐれば歌はやすからむもの(橘曙覧ーあけみ)

右の手もその面影もかはりぬる我をば知るやみたらしの神(鴨長明)

台風の中へ覚悟のハイヒール(有坂裕子)

秋袷夫買ひくれしを大切に(稲垣光子)

俳諧道五十三次蝸牛(加藤郁乎)

豆まきの豆もてあます齢かな(泉陽子)

些事大事あまさず告げぬ新社員(岩瀬善夫)

受持は馬屋と決まり煤払ふ(伊藤句磨)

命かけて芋虫憎む女かな(高浜虚子)

作法なき一人手前やほととぎす(野々上久去)

雪掻いて七十歳の五十肩(五代儀幹雄)

身の錆を洗いなが して菊の酒(清水うめを)

熱燗や出逢へる人を大切に(高澤良一)

妻よ五十年吾と面白かつたと言いなさい(橋本夢道)

本心は言えぬ男の鰯雲(村山陽出於)

いつか来る死といふ大事山眠る(三枝青雲)

少しだけ大切にされ春の風邪(樋口ひろみ)

やさしくて人に喰はるる鯨かな(長谷川櫂)

ひきずられ出てゆくおでん屋台かな(清水はじめ)

酔いたい酒で、酔へない私で、落椿(種田山頭火)

帰り来て別の寒さの灯をともす(岡本眸)

耳遠くなりし庭師や松手入(松本みゆき)

形よき排泄ありぬ冬近し(中井春男)

色変へぬ松一本の教へかな(山口耕太郎)

鰭酒やすでにひとりの別世界(高橋寛)

麺なれば何でも冷えてさえをれば(古田紀一)

マネキンの全裸の眠り稲光(中澤昭一)

教材で欠伸隠して夏期講座(辰巳比呂史)

少しだけいい酒買つて秋刀魚焼く(末永拓男)

年金の暮らしそれなり冷奴(会田恥芽)

この話初めてすると生身魂(成光茂)

新米や妻に櫛買ふ小百姓(正岡子規)

無常迅速生死事大と萩咲けり(高澤良一)

木枯でやはり女は来なかった(新宿転石)

二枚舌だからどこでも舐めてあげる(江里昭彦)