「建造物侵入罪の既遂時期と身体の位置 - 東京大学教授和田俊憲」法学教室2023年8月号

 

「建造物侵入罪の既遂時期と身体の位置 - 東京大学教授和田俊憲」法学教室2023年8月号

仙台高裁令和5年1月24日判決

■論点
建造物侵入罪の既遂は、行為者の身体の全体が建造物の内部に入るよりも前の時点で認められるか。
〔参照条文〕刑130条

【事件の概要】
山形県内の飲食店の男性従業員である被告人は、更衣中の女性の姿態を盗撮する目的で、勤務先の飲食店の事務室内に設けられた女子更衣室に出入口ドアから侵入したうえ、室内に置かれた段ボール箱に動画撮影機能付きスマートフォンを設置したとして、建造物侵入および山形県迷惑行為防止条例違反(更衣場に盗撮目的で写真機等を設置する罪)で起訴された。
現場の更衣室は、壁で囲まれ、床面が190cm×78cmの長方形で、長辺の一部にある幅65cmのドアが出入口となっていた。この更衣室は狭小であるが、壁等で区画されており、独立の建造物として建造物侵入罪の客体となる。また、その用法上、男性従業員の立入りは許可されておらず、盗撮目的で被告人が立ち入ることは当然、管理権者の意思に反する。もっとも、被告人は、出入口のドアを開け、右手で入口の縁を持ち、左足を更衣室内に踏み入れて、左手に持ったスマートフォンを設置したが、更衣室内に被告人の頭部、上半身の大部分および左足は入ったものの、少なくとも右足および右手の一部は入っていなかった。
第一審判決(山形地判令和4・3・15)は、建造物侵入罪が既遂になるには身体がどの程度建造物の内部に入ることを要するかについて、身体の全部を入れることを要するとする「全部説」を採用し、本件では被告人の身体の全部が更衣室内に入ってはいないから同罪の既遂はなく、また、被告人には身体の全部を入れる意思もなかったから、故意が否定されつ未遂も成立しないと判断した(条例違反により懲役6月・執行猶予2年〔求刑懲役6月〕)

【判旨】
〈破棄自判〉 本判決は次のように述べて、建造物侵入罪の成立も肯定した(懲役6月・執行猶予3年)。
「原審の見解を採用した場合、管理権者の自由な管理支配を侵害する程度に特段差異がなくとも、身体のごく一部が建造物に入っておらず、かつ、身体の全部を建造物内に入れる意思もなかったという事例で建造物侵入罪が成立しないことになるが、このような結論は〔同法の法益である〕管理権者の自由な管理支配の保護に欠ける〔。その一方で〕身体の一部、あるいは身体の重要部分が建造物内に入っていれば足りると解することは、『侵入』の文言解釈として無理があ〔るが、〕身体の全部が建造物内に入っていなくとも、その大部分が入った場合には、建造物内に物理的に身体を立ち入れたと評価することが十分可能であるといえ、その時点で侵入があった………と解しても、『侵入』の文言解釈として何ら不自然なところはなく、文理に適ったものといえる。〔以上から〕建造物内に身体の大部分が入った場合には、建造物に『侵入』したといえ、その時点で建造物侵入罪が既遂となると解するのが相当であ〔り、〕具体的事案に応じて、建造物の場所や時間の長さ等を考慮して、社会的通念に従って判断すべきである。」
「明確に区画された独立の空間である女子更衣室内に、盗撮するために本件スマートフォンを設置するという目的を達するのに十分な時間といえる5秒程度、被告人の頭部、両肩、左手全部、右腰部を除く上半身、左臀部及び左足全部を少なくとも入れていたという本件においては、社会通念に照らし、身体の大部分が入ったとして、女子更衣室内に『侵入』したいえるから、建造物侵入罪の既遂に至ったと認められる。」

【解説】
1 建造物侵入罪は身体の全部が入った時点で既遂だとする「全部説」が通説であり、原判決は結論として通説に従った。これに対して本判決は、身体の大部分が入った時点で既遂を認める「大部分説」を採用し、身体の一部が建造物の外側に残っていた本件でも既遂は肯定できるとした。この点を明示的に扱った判例は存在しないことから、本判決が高裁レベルで「大部分説」を採用したことには、重要な意義が認められる。
2 原判決は、保護法益や条文の文言から全部説が当然には導かれないことを前提に、全部説が当然には導かれないことを前提に、全部説を採用すべき理由を挙げている。第1に、既遂時期が明確であることである。第2に、本件のように、建造物内で実行される行為には別罪が成立することが多いことから、本罪を拡張的に認める必要はないことである。第3に、第1審で証拠採用された意見書は「重要部分説」を支持し、その理由として、身体機能の点で頭部胴体は手足と異なり重要で、上半身が内部に入れば、社会通念上、身体の重要部分または大部分が中に入ったと評価できることを挙げていたが、原判決は、本罪で生命維持における重要性に着目するのは適切でないことを指摘した。つまり、原判決は、重要部分説を論難しつつ、拡張処罰の必要性を小さく見積もり、逆に判断基準の画一性明確性を重視したのである。
3 これに対して本判決は次のように応答している。第1に、具体的事案ごとに種々の要素を考慮し、社会通念に照らして構成要件該当性を判断することは、他の犯罪でも行われており、既遂を画一的に判断すべき理由はない。第2に、建造物侵入罪と建造物内での他罪とでは法益が異なるから、建造物侵入罪の既遂判断の際に他罪の成立を理由にするのは不適切である。そのようにして全部説を否定したうえで、本判決は、しかし重要部分説には依らず、大部分説を採用した。そこでとられた論法は、条文の文言を満たす範囲内で、可能な限り法益保護をあつく図るべきだというものである。身体の大部分が入れば「侵入」に該当するということが十分に可能であるから、既遂時期をそれよりも遅らせるべきではないというのである。
4 ここでは、法益保護の必要性と判断基準の明確性のいずれを優先させるかで見解が分かれている。本件では条例違反が別途認められていたが、社会的に看過できないものの独立した処罰が用意されていない性犯罪的な行為の目的でトイレの個室に身体の大部分を入れるような事例を考えると、本罪で法益保護の必要性を優先させることにも相当の合理性があると思われる。