(巻二十二)立読抜盗句歌集

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(巻二十二)立読抜盗句歌集

生身魂ときどき死んだふりをして(室生幸太郎)
焼鳥の煤けしのれん肩で押す(田上さき子)
寝られねばまた肩つつむ蒲団かな(長谷川春平)
玉丼のなるとの渦も春なれや(林朋子)
虎造と寝るイヤホーン春の風邪(小沢昭一)
するめ噛み奥歯大敗大旦(岡崎正宏)
坂が好きことに名を持つ坂が好き東京の坂を歩く雪晴れ(飯島幹也)
さざ波のごと老の皺冴え返る(野田智恵子)
白魚にあはせて燗をぬるうせよ(丸谷才一)
二杯目の珈琲苦し夜の落葉(橋本栄治)
逆らはず黙して梅の実をかぞふ(及川貞)
卒業す片恋のまま、ま、いいか(福地泡介)
埴輪の目色無き風を通しけり(工藤弘子)
睦ごとはこのごろとんと桜餅(茨木和生)
繰返へす凡愚の日々の蚊遣かな(景山筍吉)
どこまでも夫を疑い氷雨降る(羽渕順子)
金の事思ふているや冬日向(籾山庭後)
噴水のひときは高しカツサンド(太田うさぎ)
週刊誌積み上げ晩夏の美容室(中村和子)
吾が英語通じて春の目玉焼(鈴木鷹夫)
矢面に立つ人はなし弓始(桂信子)
売られゆくうさぎ匂へる夜店かな(五所平之助)
公園の茶屋の主の無愛想(高浜虚子)
へろへろとワンタンすするクリスマス(秋元不死男)
凩や愛の終わりのカツカレー(長谷川裕)
枯れきつてしまへば人も日の匂ひ(土肥あき子)
雪降るとラジオが告げている酒場(清水哲男)
主婦の座に定年欲しき十二月(塙きく)
カーテンの隙一寸の初明り(瀧春一)
冬晴や醤油をはじく目玉焼(彌栄浩樹)
金魚鉢かきまわしたい気にもなり(浅井五葉)
小細工の小俳句できて秋の暮(加藤郁哉)
花の雲鐘は上野か浅草か(松尾芭蕉)
茹で玉子きれいにむいてから落し(延原句沙彌)
春雨や酒を断ちたるきのふけふ(内藤鳴雪)
稲という草の実食ってアジアかな(土屋秀夫)
赤鬼の如き異人や土用波(久米正雄)
生真面目に生きて突然春一番(石綿久子)
わらじ売る店に新酒をたづねけり(寺田寅彦)
贅沢は敵と育ちぬちゃんちゃんこ(土屋秀穗)
我慢して類句の奥に名句あり(筑紫磐井)
石器土器鉄器に春の土豊か(内山思考)
とうがらし高齢といふ反抗期(岡本久一)
自己顕示やたらに強し金木犀(安富耕二)
着ぶくれて挙動不審となる夕べ(小林美代子)
生き甲斐の手引書めくりいる晩夏(鯨井孝一)
のどかさや指が楽しむ袋菓子(亀山幽石)
ひとすじに生きて目標うしなへり(藤木清子)
長き夜をたたる将棋の一ト手哉(幸田露伴)
新薬を断り気重秋暮るる(佐々木寿万子)
ほろ酔の暖簾出ずれば冬の星(軽部栄子)
春一番妻の一言逆らわず(野村征三郎)
黄落や読むには読みし歎異抄(長峰竹芳)
打水やビルの谷間の小待合(清水基吉)
二串の花見団子の三色かな(京極杞陽)
のどかさに今しばらくの迷い道(杉村克代)
たまさかや夫の入院神無月(戸沢吉江)
雑用の中に梅酒を作りけり(阿部みどり女)
女菩薩とまがふ妻居て懐手(吉田未灰)
秋風や昼げ(漢字)に出でしビルの谷(草間時彦)
薔薇匂ふいつも何かの潜伏期(橋本喜夫)
翌日しらぬ身の楽しみや花に酒(井上井月)
にんにく(漢字)の花咲き寺の隠し畑(小川斉東語)
大声を出すは控へて福は内(高橋とも子)
行末を打ち消し打ち消し餠焼けり(目迫秩父)
東京の殴られ強き男かな(桑原三郎)
身の回り出来る幸せ弥生かな(細谷竹雨)
蟄虫(ちゅうちゅう)の弱肉として世に出でし(北川英子)
はらわたの卵をこぼし柳葉魚反る(三宅やよい)
三伏や口を開きて力抜く(柳沢和子)
若葉風女脚組むカフェテラス(小橋柳?)
蛇行する老さき愉し猫柳(金子徹)
沈みては浮きては海鵜年惜しむ(東海林照女)
酒のあと蕎麦の冷たき卯月かな(野村喜舟)
立冬のビニール傘の硬きかな(丸山清子)
鯛焼の姿家までながらへず(中村邦雄)
迷わずに出来た句はなし若葉冷え(浮谷あい子)
自死という選択もあり青樹海(田中悦子)
隣席は老のひとりのとぜう鍋(大沢てる子)
しぐるるや捜査本部の午前四時(富士原志奈)
長き夜や口下手なれど聞き上手(小柴柊生)
「湧きました」風呂も声出す文化の日(大森蛍子)
正面に月を据えたる秋の酒(一龍斎貞鳳)
煙幕にあえぐ枯木とヘルメット(鈴木詮子)
旅人と一目で分かる雪の道(小川龍雄)
入店を禁じられたる犬と待つショッピングモールの煉瓦の階段(夏目たかし)
四面楚歌なる余生もち梅雨長し(愛宕翠晃)
春の夜の夢なり金庫一個分(高野ムツオ)
ふらここや昭和駆けしは五里霧中(小池溢)
餠焦がすひとり留守居の厨ごと(粂原英雄)
芥出す長スカートの素足かな(吉田つよし)
風止んで枯木は影を正しけり(長谷川霧)
目配せの指示のあやふし猟はじめ(橋本栄治)
無理強ひをせぬが酒豪や大石忌(鷹羽狩行)
ステテコや生きる心配死ぬ心配(高橋悦子)
寒海鼠ごろり塾女の床体操(霧野葛地郎)
春の夜の立ち聞きゆるせ女部屋(吉川英治)
別々に拾ふタクシー花の雨(岡田史乃)
話しあふ余地も閉ざされ花空木(梶鴻風)
寒卵置きし所に所得る(細見綾子)
落書も当を得ており梅雨深し(松岡耕作)
放蕩の夜のむなしさよ落花生(小寺正三)
一句いままとまりかけし桃の花(吉田正男)
何事も知らずと答え老の春(高浜虚子)
格別の「事件」なき日々さやかなり(島守光雄)
巣作りの一部始終の見ゆる窓(遠藤千鶴羽)