「大年の静まり - 古井由吉」日曜日の随想二〇〇八 から

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「大年の静まり - 古井由吉」日曜日の随想二〇〇八 から

高年の人なら幼少の頃の記憶にあることと思われるが、昔は冬場でも日の暮れに家の戸窓をしばらく開け放つということがあったのではないか。年末ともなれば表はもう暗い。そして寒い。炬燵や火鉢の燠[おき]も尽きた頃である。台所では夕飯の支度の煮炊きが始まっている。そのついでに火種[ひだね]のできるまでは、居間にも火の気はない。子供は身の置きどころもなくうろうろしていた。
暮れ方に家の中をさっと掃き出した後で、戸窓をそのまま開けておいたのとくに冬場には午後から半日も障子やガラス戸を閉めきりにしてすごしがちだったので、夜に入る前に空気の入れ換えが大事と感じられていたのだろう。肺病をおそれる時代でもあった。
始まった煮炊きのにおいが家の内にもろにこもるのを嫌ったということもあったかもしれない。寒さにたまりかねた子供が表のガラス戸を閉めかけると、音を聞きつけた母親に叱られる。叱られたついでに、雨戸まで閉めさせられる。これは子供には手間がかかり、やっかいである。昔も今も、主婦は家事の段取りを勝手に乱されると腹を立てるものらしい。
それにしても、と今になり思う。空っ腹のところを寒さに苦しめられた子供の恨みではないが、あの開け放しは長すぎた。空気の入れ換えならば、三分で足りるではないか。まるで家の隅々まで外気に晒[さ]らして、浄めようとしているかのようだった。朝方のもろもろの日常の行為はおのずと浄めに通じる、とこれはわかる。しかし明けの浄めがあれば、暮れの浄めというものも、古来、あるものらしい。浄めとはまた、改まりの心でもある。
一日の改まりは時計の上では午前零時だが、人はたいてい朝を始まりとして暮らしている。早起きの人なら夜明けが始まりになる。眠るのに苦しむ病人は、窓の白らむのを見て、一日がようやく改まったと安堵の息をつく。ところが、「聖書」の世界では日の暮れが一日の始まりと見なされるという。そう言われれば、「聖書」の中の一日の出来事の推移が呑みこめる箇所もある。しかし日の暮れを始まりとして生きる、その心とはどんなものか、と想像しようとすると見当もつかない。

しかしまた、かけはなれた東西の習慣でも、歴史を深くさかのぼれば共通の源に至り、お互いにけっして無縁ではない、とも考えられる。暮れの改まりということを、われわれも知っているようなのだ。たとえば祭りの当事者たちはその前日ね、日の暮れを見て、心が改まるのではないか。宵祭りの賑わいをのぞきに行く客たちも日の暮れとともに、浮かれるばかりでなく、どこか改まりを感じているようだ。明日に大事を控えた人にとっても日の暮れから、その日が始まると思われる。
そして大年、大晦日は新年におとらず大事な日のように感じられる習性が、さして特別な事もなくなった近年でも、人の間に埋めこまれているようだ。大晦日の夕には家の戸窓がいつもより長く、宵の口まで開け放たれていたものだ。大掃除は二九日のうちに済んでいる。正月の飾りも三〇日には整えた。伸[の]し餅も切った。すでに改まった家の内が清浄なままに冷えこんでいく。子供は凍[こご]えながら、その日にかぎって神妙にしている。吹き通しのお宮の拝殿の、板の間に畏[かしこ]まって待っているような心地がした。
御商売の家ではそうは行かなかったのだろう。夜の更けかかるまで働きまわり、仕事がどうにか片づいてから、どちらが先になるのか知らないが床屋と銭湯に行き、もどって年越の蕎麦を食べる頃には、まもなく除夜の鐘が聞こえる、とそんなものであったらしい。それでも、仕事が済んでから年の明けるまでのわずかの間に、大年の心の静まりはあったのではないか。片づいて閑静となった店に坐[すわ]りこんで、今年はどうにか越せたようだが、来年はどうなることか、と腕組みするうちに、除夜の鐘が鳴り出した、という話も聞いた。鐘の数をしばらく、無念無想に数えていたのだろう。それでも改まりではある。明けましておめでとう、とまだ起きている者と言葉すくなに祝うと寝床にもぐりこみ、欲も得もなく眠ってしまう。
あれは暮れの二九日のこと、陽が傾いて風も寒くなってきた時刻に、腹をすかせて町の蕎麦屋に入ると、町工場の主人[あるじ]という風態の高年の男性が蕎麦を肴[さかな]になにかつくづくとした顔で酒を呑んでいて、近くに腰かけた私に、今日は朝から、金策に駆けまわっていたよ、と話しかけてきた。私のまだ学生の頃である。で、どうでした、と思わずたずねると、ま、始末がついたと言えばついた、つかなかったと言えばついていない、そんなところだ、と答えた。
それから手酌の銚子をゆっくり傾けながら、もう駆けこもうにも駆けこむところもないので、今年はこれでお仕舞い、明日は大掃除をして、一夜飾りは、このありさまでは正直なところだけれど、正直すぎるのも嫌でな、夜のうちには何とかなるだろう、と年越しの段取りを考えている様子になった。
やがて眼をあげて、しかし大晦日は、昼間から銭湯に行って、散髪するほどの髪もなし、それで今年はすることがもう何も、何もなくなるわけだ、八方塞[ふさ]がりの中で静かな大年をすごすことになったか、何十年ぶりのことだ、とつぶやいた。