「わが町 上町[うえまち]台地 - 有栖川有栖」有栖川有栖エッセイ集正しく時代に遅れるために

 

「わが町 上町[うえまち]台地 - 有栖川有栖有栖川有栖エッセイ集正しく時代に遅れるために

新居に引っ越してきて、五つ季節がめぐった。ますますこの土地が好きになっていっている。
かねてより、上町台地で暮らしたいと思っていた。地理的に大阪市の中心にあたるから、どこへも出掛けやすいし、都心の賑わいがある一方、大阪らしくしっとりとした趣があるからだ。
昨今の大阪は、がちゃがちゃしていて騒々しいという印象が全国に広まっているため、「大阪らしくしっとり」が理解されにくいかもしれないが、市内で最も大阪の風情が濃く、散歩が楽しいところだ。物書きにとって、行き詰まったら散歩でリフレッシュできるのはありがたい。
上町台地の魅力は多々あるが、坂が多くて町の表情が豊かなことと、大阪ならではの歴史を体感できることを喜んでいる。奈良や京都や鎌倉ばかりが古都ではない。古代の難波宮[なにわのみや]な聖徳太子の遺蹟[いせき]が残り、熊野街道が通る大阪も立派な古都だ。
のみならず、台地全体が大阪夏・冬の陣の舞台となった古戦場跡でもあるし、江戸時代から戦前にかけて商都として繁栄の極みに達した面影もあって、これだけの多様で重層的な顔を持った「歴史の町」は、ほかにないのではないか。
豊臣家、真田幸村近松門左衛門井原西鶴竹本義太夫、竹田出雲[たけだいずも]、木村兼葭堂[きむらけんかどう]、織田作之助ら、ここで逝き、またここに眠る人々にも心惹かれる。(2005年5月16日)