(巻八)詫手紙かいてさうして風呂へゆく(種田山頭火)

三連休の2日目である。大雨の翌日は、大揺れで起こされた。

津波から四年半ということで、あの時を振り替えるラジオ番組があった。
その中で、消防団員が逃げたがらない老夫婦を説得し、半ば強制して車に乗せて、避難場所へ運んだエピソードが語られていた。

小松左京の「日本沈没」のエピローグに、「どれだけの老人たちが日本列島とともに沈む道を選んだのだろうか?」というような一節があったと記憶している。

あり得る選択肢ではないだろうか。

死なうかと囁かれしは蛍の夜(鈴木真砂女)


金曜日夜のNHKカルチャーラジオ、「私たちはどこから来たのか」も終わりに近づき、渡来型弥生人縄文人の話となった。
その中で、なぜ私たちのご先祖の体形が短足になり、顔が平坦になったかのかの解説があった。
私たちのご先祖はシベリアの寒冷地に適合できた特異な人達だそうです。
これは、針を発明し、毛皮を隙間なく縫製できる技術を獲得したことによるそうです。
しかし、極寒の地では露出部分や抹消部分が凍傷になりやすいため、抹消部分を詰める方向で、ダーウィンの法則が働いたとのことでした。
高い鼻も凍傷になりやすいので、平面的になったとのことです。

映りたる顔のひらたき水の秋(森田征子)