(巻十一)立読抜盗句歌集

枯野の木寄れば桜でありにけり(村上鞆彦)
いまわれは薔薇の棘と思はれているやいさぎよく身を引くべきや(外塚喬)
海恋し二十一年見ていない泳いでいない釣りしていない(郷隼人)
台風の一号生まるる二月かな(宮原みさを)
何もせず坐つてをりて玉の汗(島本よし絵)
小糠雨割箸に挿す種袋(原茂美)
青梅に眉あつまれる美人哉(蕪村)
小鳥来る犬繋がれてをりにけり(稲畑てい子)
明月の光に見れば我知らぬ寂しき顔の妻でありけり(愛川弘文)
音高き空荷の貨車や春寒き(高梨和代)
開け閉めの門扉のきしむ余寒かな(大橋あきら)
また別の滝にならむと水奔る(三森鉄治)
うららかや長居の客のごとく生き(能村登四郎)
新涼の固くしぼりし布巾かな(久米正雄)
愛鳥週間おんな同士のよく喋り(成瀬桜桃子)
娘には甘き父なりさくらんぼ(成宮紫水)
ハンカチを小さく使ふ人なりけり(櫂未知子)
秋の暮水のやうなる酒二合(村上鬼城)
制服を着崩している青嵐(西山ゆりこ)
湯豆腐の湯気に心の帯がとけ(金原亭馬生)
遣り過す土用鰻といふものも(石塚友二)
東京の少し田舎の草の餠(岸本尚毅)
地下街にあまた矢印走り梅雨(小嶋洋子)
さし招く団扇の情にしたがひぬ(後藤夜半)
女夫仲いつしか淡し古茶いるる(松本たかし)
停車場にけふ用のなき蜻蛉かな(久保田万太郎)
別々に出て新緑の中に会ふ(永井良和)
けふのことけふに終らぬ日傘捲(上田五千石)
花散るやしみじみ喪主の慣用句(三方元)
一日にして老婆は成らず百日紅(名和未知男)
それ以上月昇り得ずとどまれり(阿波野青畝)
外国(とつくに)におとらぬものを造るまでたくみの業に励めもろ人(明治天皇)
ともすれば思はぬ方に移るかな心すべきは心なりけり(明治天皇)
台風の眼の中に居る海坊主(猿人)
船頭の小言多くて鱚釣れず
甚平や一誌持たねば仰がれず(草間時彦)
枝豆やこんなものにも塩加減(北大路魯山人)
死を遠き祭のごとく蝉しぐれ(正木ゆう子)
裏側と言はるる眺山笑ふ(小林はるみ)
夜昼夜と九度の熱でて聴く野分(高柳重信)
形代のたぶん男の沈みをり(舟まどひ)
子雀や遠く遊ばぬ庭の隅(尾崎紅葉)
目隠しの中も眼つむる西瓜割り(中原道夫)
長袖を離さずにいる走り梅雨(馬場美智子)
言い出して後には引かず古団扇(吉井よしを)
悪女かも知れず苺の紅つぶす(三好潤子)
それぞれに名月置きて枝の露(金原亭世之介)
噴水の眠りし後の池袋(横井定利)
野分にもなべけば残る芒かな(松井紹巴)
冬晴れのとある駅より印度人(飯田龍太)
夏草や兵どもが古団地(宮本悠々子)
セーラー服帳場にかかり鮎の宿(井本農一)
置き場所に困る五月の心かな(清弘真紀子)
ワガハイノカイミヨウモナシススキカナ(高浜虚子)
五人扶持とりてしだたる柳かな(志太野坡)
群れて生き群れて干さるる目刺かな(石井いさお)
化けさうな傘かす寺のしぐれかな(蕪村)
なにほどの男かおのれ蜆汁(富士真奈美)
春雨を髪に含みて人と逢ふ(岸田今日子)
人と影足でつながり夏深む(桜井ゆか)
地に悪しき父いて聖夜さ迷へり(堀井春一郎)
冷奴隣に灯先んじて(石田波郷)
炎天の赤子は吾子ぞ退院す(今瀬一博)
孤高とは雨中の噴水かと思ふ(千田百里)
冬ぬくし地蔵に尋ねる分かれ道
干し布団して暇らしや余花の茶屋(渡辺淑子)
ふたりとも煙草の切れて夜長かな(角川春樹)
品川のビルの向かうの夏の潮(戸松九里)
徳久利も猪口も上げ底山笑ふ(菊田一平)
酒さかな揃えて台風待つとせる(川名将義)
転がったとこに住みつく石一つ(大石鶴子)
雨宿りさつと飛び立つ雀の子(さと子)
手花火が昼間は見えぬもの照す(辻田克巳)
大空の見事に暮る暑哉(あつさかな)(一茶)
足伸べて開くあしゆび夏休み(小澤實)
死にぎはの恍惚おもふ冬籠(森澄雄)
雨はじく傘過ぎゆけり草餅屋(桂信子)
風呂敷をひろげ過ぎたる秋の暮(橋間石)
白鳥や空には空の深轍(高野ムツオ)
南風や化粧に洩れし耳の下(日野草城)
あらそわぬ種族はほろびぬ大枯野(田中裕明)
秋風や書かねば言葉消えやすし(野見山朱鳥)
ふるさとをきつぱり捨てて暑に耐ふる(吉田かずや)
五十歳より七十歳羨(とも)し白上布(しろじょうふ)(片山由美子)
悪相の魚は美味く雪催(ゆきもよい)(鈴木真砂女)
涼しさは葉を打ちそめし雨の音(矢島渚男)
枯るるもの枯るるならひに石蕗枯るる(阿波野青畝)
鍋焼ときめて暖簾をくぐり入る(泊雲)
二十二にして慰謝料貰ひ青すすき(木綿)
スコールの道を五秒で渡りけり(田辺一教)
租界めく町の匂ひや夏の果(村井康司)
いざよひや人魚坐りの妻と酌む(真瀬雪延)
白酒やたはむれに見る運命線(山田佳乃)
夏至の夜の待ちくたびれし星一つ(岩本京子)