(巻二十一)立読抜取句歌集

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散らば散れ花こそ春の物狂(正岡子規)
日傘さしてまねぶ嬌態艶姿かな(岡本松浜)
人に似てかなしき猿を回しけり(西島麦南)
義理を欠くことが養生遅々と春(田畑美穂女)
ごまめ噛む隙だらけなる夫の顔(長崎玲子)
寄り道も我が道もなし酉の市(長谷川栄子)
君地獄われ極楽へ青あらし(高山れおな)
香水をつけたる悔のありにけり(阿由葉正代)
彼等とのつきあひ方と人のごとく語られている人工知能(内田しず江)
月花や四十九年のむだ歩き(小林一茶)
香水やまぬがれがたく老けたまひ(後藤夜半)
往生の語をもてあそぶおでん酒(小林康治)
強面の人との対話石蕗の花(沼尾紫朗)
麦秋のどこまで眠りどこより死(柳生正名)
耐えて貯めて昭和一桁霜枯るる(北山寛山)
あちこちにふえし才女や葱坊主(藤田湘子)
いちまいの皮の包める熟柿かな(野見山朱鳥)
極楽と思う迄見る蓮の池(白神隆江)
人間の出し入れをする去年今年(河野香苑)
春の風邪なほ三猿をきめこんで(河野南ケイ)
不覚にも美女と呼ばれし亀鳴きぬ(鳴戸奈菜)
胸もとの艶なる女礼者かな(堤俳一佳)
考える人は考え昭和の日(谷山花猿)
埋蔵金隠し続けて山眠る(原田要三)
六月が来てだらだらと物を食う(田中朋子)
夏の月ムンクの叫びうしろより(阿部宗一郎)
体内の数値の乱れ根深汁(森田智子)
笑むことも自傷のひとつ曼珠沙華(田中亜美)
まぐわいは無季の動作とヒト科の子(流智明)
目刺焼くくらし可もなく不可もなく(鈴木真砂女)
退屈がせっぱつまった石榴の実(坂本敏子)
座布団を猫に取らるる日向哉(谷崎潤一郎)
囀りの中絶叫の鳥ありし(岡田日郎)
無をさぐりをれば落葉のしきりなる(秋光泉児)
凩の果はありけり海の音(池西言水)
海に出て木枯帰るところなし(山口誓子)
海に出て綿菓子買えるところなし(大高翔)
雪の日や雪のせりふを口すさぶ(中村吉右衛門)
生き死にや湯ざめのような酔い心地(清水哲男)
ゆく春や水に雨降る信濃川(会津八一)
大金をもちて茅の輪をくぐりけり(波多野爽波)
直前に最も乱れ独楽止まる(花谷清)
さるすべり我に座右のべからず帳(飯田愛)
湯上りや世界の夏の先走り(平賀源内)
花こぶし汽笛はムンクの叫びかな(大木あまり)
何もなく死は夕焼に諸手つく(河原枇杷男)
無思想の肉が水着をはみ出せる(長谷川櫂)
東京の空のでこぼこ鳥渡る(中村克子)
こそばよき季語の一つに竹婦人(倉橋羊村)
風花の古疵に触れ消えにけり(大野宥之介)
俳人は歩き画人は座る春(内山思考)
介錯を頼む友なし竹移す(田川飛旅子)
喪にこもる女を梅に誘い出す(松根久雄)
おくれ来し人のまとひし落花かな(山本洋子)
映画館消えたる跡の春の土(今井聖)
行く春や都電は音を轢きながら(増田守)
尋問の罠を工夫の夜なべかな(大沢鷹雪)
短夜や枕の底の私鉄線(高木?夫)
町会の端役賜はる秋祭(松本静顕)
春たのしなせば片づく用ばかり(星野立子)
首吊の枝に適ひし桜かな(星野庄介)
うすものの下もうすもの六本木(小沢信男)
「前年比」に追わるる夫木の芽季(小高沙羅)
沈黙の掟に寒き修道院(高橋幸子)
文化の日人集まれば序列あり(延平いくと)
うしろからうしろから改札の冬(飯田晴)
冬に入る黒き手帳に細かき字(坂本宮尾)
湯豆腐や酒の肴として帰心(大高翔)
啓蟄や地下鉄ばかり乗り継ぎて(河野薫)
すでに影さしかわす丈春の草(高田正子)
栗飯の皆平等に栗の数(泉水清)
味噌しょうゆ切らさぬほどの年用意(園部佳成)
花に酌み月に酌みさて今日は雪(渡辺純枝)
明日ありといえど自由にならぬ明日眠ればそこに着くだけの場所(長尾幹也)
夏痩せて身の一筋のもの痩せず(能村登四郎)
俳句など書いてつまらぬ賀状来る(後藤章)
望郷のゴリラに五月来たりけり(野木桃花)
等分のキャベツに今日と明日ができ(いのうえかつこ)
夏シャツの乳房で伸ばす畳み皺(瀬戸優理子)
耕人を笑はせているラジオかな(二階堂征治)
端居して遠きところに心置く(後藤夜半)
もう誰もいない地球に望の月(山崎十生)
足袋の値に驚くことも現世(このよ)かな(尾崎迷堂)
遊ぶ目を僧に見られし花御堂(中村路子)
炉を囲む者みな望む尊厳死(田坂名稚子)
なりゆきの相傘に積む細か雪(新保吉章)
ステテコや彼にも昭和立志伝(小沢昭一)
原罪のりんごを食べし喉仏(望月富子)
選び受く呆け封じたる茄子守り(松本美智子)
すいすいとモーツァルトに、みずすまし(江夏豊)
籔蔭や蔦もからまぬ唐辛子(萩原朔太郎)
歯にあてて夜食の丼厚きかな(菊地龍三)
爪寒しこれのみ懈怠なく伸ぶよ(石塚友二)
浮世絵の女虫売軽げの荷(後藤夜半)
税関で越後毒消し見せもする(中原道夫)
人の目にうつる自分や芝を焼く(田中裕明)
むずかしき禅門出れば葛の花(高浜虚子)
逝く迄を俳句と少しの冷酒と(寺嶋龍)
羽子板や母が贔屓の歌右衛門(富安風生)
他郷にて駅の煖炉にすぐ寄らず(桂信子)
あたたかきドアの出入となりにけり(久保田万太郎)
洗濯の干し方にもある妻の意地(望月富子)
三枚におろされている薄暑かな(橋かん石)
完成のあとは孤独の雪だるま(高橋和彌)
初夢の半分夫に話しけり(黛洋子)
言うことを聞かない犬の息白し(てるこ)
荷風なし万太郎なし三社祭(宇田零雨)