「いわゆる「ガサ!!」 ー 古野まほろ」幻冬舎新書 警察用語の基礎知識 から
捜索と差押え
人の家なり企業のオフィスなり、あるいはアングラカジノなどにいきなり踏み込んで、あちこち徹底的に引っ繰り返し、あれもこれもゴッソリ持っていってしまうドラマでもよく描写される局面ですが、これはもちろん捜査の一つで、 で、さらにもちろん強制捜査の1つで(それはそうです、財産権の侵害=個人の権利義務の変動ですから)、ゆえに市民にとっては恐ろしいものです。ニンイでない以上、どう抵抗しようと排除されますから。裏から言えば、警察としては、あらゆる抵抗を排除して望む捜査を行うため、事前に裁判官からオフダをもらっているのですから・・・・・
この、強制的に証拠品を「借りてくる」捜査を捜索といい、業界用語では御案内のとおりガサといいます。ゆえにガサの令状のことをガサフダと呼ぶのが普通です。
より正確に言えば、このガサだけだとまあ「捜す」「荒らす」「引っ繰り返す」ことしかできませんので、合わせて「借りてくる」「しばらく借りたままにしておく」という権限も必要になってきます。そうした捜査を差押えといいます(業界用語でもサシオサエです)。したがって、いわゆるガサの場合、証拠品を「捜し当てて」(捜索)、「借りてくる」(差押え)ことがほとんど一体になりますから、この捜査は正確には「捜索と差押え」という捜査で、ゆえにガサフダも正確には「捜索差押許可状」となります。まとめますと、ガサという強制捜査を行い、 目指す証拠品を強制的に確保しようとするときは、裁判官に、捜索差押許可状を請求し、令状審査を受け、これをゲットする必要があります。
ガサを統制する仕組み
このガサのハードルは、例えば逮捕ほど高くはありません。逮捕の場合は、例えば通常逮捕 (逮捕状をとってする逮捕)だと、被疑者が「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」を彼判官にプレゼンすることが必要不可欠となりますが――時としてそのための捜査は極めてハードなものとなり得ますが――ガサだと、裁判官にプレゼンすべき内容は、「犯罪の捜査をするについて必要がある」ことだけです(ガサをすることがその犯罪の捜査にとって必要だと納得してもらえればそれでよい)。もちろん、「必要がある」かどうかを審査するのは令状請求を受けた裁判官ですから、レイセイを却下するかどうかも裁判官のいわば勝手気儘です。また、 既に述べたとおり、オフダのレイセイが却下されたなんてのは、警察では最大級のスキャンダルの1つなので、「犯罪の捜査をするについて必要がある」というプレゼンにも、重要事件であればあるほど、「まさかケッチン喰らうわけにはゆかない」というプレッシャーは掛かります。
このガサで「借りてくる」ことができるのは、ガサフダに記載され、裁判官に審査してもらった「差し押さえるべき物」のみですが(業界用語でいうベキモノ)、これのリストアップの際は、「Aその他本件に関係ありと思料される一切の文書及び物件」「本件犯罪に関係のあるA、 B、C、D等」といった表記が実務上許されるので、どこまでがベキモノだったのかは、後の刑事裁判で厳しく争われることがあります。また、裁判官としては、警察が無制限に個人の住居なりオフィスなりを荒らすのを許す訳にはゆきませんので、捜索をする物理的範囲を限定します。すなわちガサフダには、「捜索すべき場所、身体若しくは物」(業界用語でいうベキバシヨ)が記載され、住所とか部屋番号とかによって、警察がガサを行える場所が明示され制限されます。
なお、ガサあるいは捜索差押えは、人様の物を勝手に借りていってしまうことですから、何を借りていったのかは、捜査書類としてリストアップされ、直ちに作成され、ガサされた人などに「これらの物を持ってゆきます」という趣旨の一覧表が必ず手渡されます。
任提と領置ーガサと任提の関係
任意提出とくれば、またもやニンイの話ですね。すなわち個人の権利義務を変動させない、 個人の自由意思による協力に基づいて行われる活動/捜査の話です。そして、ここで取り扱う 「任意提出」は、ガサの話を踏まえていただくと、とても解りやすいものとなります。
すなわちガサ捜索(実際上はほとんどが捜索差押え。前述)とは、相手方が何を言おうと、強制的に相手方のモノを「捜し出して」「借りて」「しばらく借りたままにしておく」という強制捜査でしたが、この項の「任意提出」とは、ガサの任意捜査版なのです。すなわち、モノを借りて、しばらく借りっぱなしにしておくことを、キョウセイとしてやるのがガサ(正確には差押え)。ニンイとしてやるのが任意提出、ニンテイです。
別に相手方が被疑者だからといって、あらゆるモノを強制捜査でぶんどってこなければならない理由はありません。自由意思で協力してくれるというのなら、むしろ公権力をむやみやたらに発動するのは避けるべきです。ゆえに、被疑者から証拠などをニンテイしてもらうことはあります。そして、被疑者その人からもニンテイしてもらえるのですから、例えば被害者であるとか、参考人であるとかいった「ワルクナイ」人々には、まずはニンテイをお願いすべきでしょう。被害者の家でオフダをかざして玄関をこじ開け、タンスだの本棚だの金庫だのを引っ繰り返して、無理矢理何かを借りてくる―――そうしたケースはまず想定できません。これは参考人についても同様です。被疑者が貸していた何かを借りてくる。被疑者に関係する書類を借りてくる。被疑者が使った何かを借りてくる………………最近、このニンテイとして非常に多いのは、 防犯カメラ動画でしょうか。ほとんどが自発的に協力していただけるケースだと思いますし、逆に、いきなりガサフダを見せられて家中/店中を荒らされては、むしろ捜査に協力などしたくなくなるでしょう。
そんなわけで、捜査において、ニンイであるところのニンテイは、実に頻繁に用いられます。 手続としては―――手続というほどのものはありませんが――「お預かりしていいでしょうか?」「どうぞお持ちください」となります。ただし、いくらニンイとはいえ、個人の財産を借り上げてくるのですから、そこはガサの場合と同様、キチンと、借りた物をリストアップした預り証をお渡ししなければなりません。「どうぞお持ちください」といった承諾が得られば、警察官は専用の捜査書類を作成し、そうしたリストなり預り証なりを書いてあるいは打ち出して、持ち主の方に交付するはずです。そして、「ではお預かりしてゆきますので」と警察官が財産の借り上げを開始したとき、その借り上げを「領置」といいます(業界用語でもリョウチです)。
これを要するに、ニンテイとリョウチはワンセットで、例えば古野某が自分のパソコンを警察官Aに預けるとすると、古野はパソコンのニンテイをしたことになり、警察官Aはパソコンをリョウチをしたことになります。この構図を、強制捜査ヴァージョンであるガサと比較するとガサにおいては、古野の自発的な協力は一切必要ありませんので、「警察官Aがパソコンがどこにあるかをガサして、警察官Aがパソコンを差し押さえる」と、こういうかたちになります(任提→領置。搜索→差押え)。
ちなみに、例えば職務質問を受けたとき、自発的にバッグを差し出すのはニンテイではありません。職質は捜査ではありませんし、だから任意捜査としてのニンテイが出る幕はありませんし、何より大きな理由は、職質警察官はそのバッグをずっと借り受けるつもりがないからです(所持品検査に必要な時間が終われば、当然返すべきものですから)。