「憲法ー刑事事件の訴訟費用と通訳料 ー 関西大学教授 西村枝美」法学教室2025年2月号
大阪高判令和6年9月3日
【事件の概要】
外国人であるXは、組織犯罪処罰法違反の罪により原審で執行猶予付きの懲役刑が科され、訴訟費用の全部がXの負担と判決された。Xは控訴し、争点の一つとして、通訳人に支給される旅費・日当及び通訳料が、人権B規約14条3項(f)に基づき、刑訴法181 条1項にいう訴訟費用に含まれない、と主張した。
【判旨】
〈破棄〉 「原審において、国選弁護人が選任されたほか、被告人が国語に通じないことから中国語の通訳人が選任され、その旅費・日当及び通訳料 (報酬)が訴訟費用として生じたところ、原判決は、刑訴法181条 1項本文により、『訴訟費用は被告人の負担とする。』 として、訴訟費用の全部を被告人に負担させている。
しかし、市民的及び政治的権利に関する国際規約 14条3項は、『すべての者は、その刑事上の罪の決定について、十分平等に、少なくとも次の保障を受ける権利を有する。』『(f)裁判所において使用される言語を理解すること又は話すことができない場合には、無料で通訳の援助を受けること。』と規定している。通訳は、被告人が国語に通じない場合において裁判所が審理を行う上で必要不可欠のものであって、被告人が希望するか否かにかかわらず付されるものであることに加え、同項(d)が弁護人の費用について『十分な支払手段を有しないときは自らその費用を負担することなく、弁護人を付されること。』と規定しているのと異なり、同項(f)が通訳については『無料で」と規定し、 貧困等何らの条件も付していないことからすれば、同項(f)は、裁判所で使用される言語に通じない被告人のために付した通訳費用を被告人に負担させてはならない旨を定めたものと解される。
同国際規約(条約)の批准に当たって刑訴法181条 1項は改正されていないものの、法律に優位する条約に上記のような定めがある以上、同項については、条約の定めに適合する趣旨の解釈をすべきである。すなわち、刑訴法181条1項本文が『負担させなければならない』とする訴訟費用の中には、国語に通じる被告人が通じないふりをしたなど、被告人の責に帰すべき事由によって生じた場合を除き、国語に通じない被告人のために付された通訳人に支給される旅費・日当・ 宿泊料及び通訳料は含まれないと解される。
そうすると、刑訴法181条1項本文により原審通訳人に支給される旅費・日当及び通訳料を含む訴訟費用の全部を被告人に負担させた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。」
【解説】
刑事訴訟手続は、刑事被告人が犯罪行為を行うことによって生じさせた訴訟費用につき、負担能力ある限り被告人に負担させている。刑訴法181条1項、178 条、173条,刑訴費2条2号によれば、通訳人への通訳料等は訴訟費用に含まれ、刑事被告人は、貧困により負担能力がない場合を除き、これを一部または全部負担する可能性がある(その範囲は裁判官の裁量事項である)。他方で人権B規約14条3項(f)は「無料で」 通訳の援助を受けることができると規定している。そのため、両規定の関係が問題となる。
これに関する直接の最高裁判決は存在しない。人権 B規約があっても通訳料等の負担は可能とする説が依拠するのは、憲法37条2項に関する最高裁判例である。それによれば憲法同条項のいう「公費」で証人を求める権利とは、「訴訟進行の過程」において「刑事被告人をして、訴訟上の防禦を遺憾なく行使せしめんとする法意」に基づくものであり、「その被告人が、判決において有罪の言渡を受けた場合にも、なおかつその被告人に訴訟費用の負担を命じてはならないという趣意の規定ではない」(最大判昭和23-12-27刑集2卷 14号1934頁)。したがって、人権B規約14条3項(f) にいう「無料」も同じく訴訟進行中の負担を指しており、判決に際してこれを刑事被告人に負担させることは可能とする。
これに対し、通訳料等の負担が人権B規約に抵触するとの考え方は、以下の理由を挙げている。①条約は法律に優位するため、新たに国内法が整備されなくても直接適用可能(すなわち条約は自動執行力を有する)(東京高判平成5·2·3東高刑時報44巷1-12号 11頁)、②通訳には、「防御権行使の担保という面があることは否定できないものの、同時に適正で円滑な審理の運行という面があり・・・・・・裁判を進める上で、通訳人は不可欠」であるため「証人尋問や国選弁護の場合と同列に論じるのは適当ではない」(三井誠「来日外国人の刑事事件と通訳(2)」 法教196号86頁),三弁護人を付される権利を規定した人権B規約14条3項 (d)と、通訳のそれを規定した同行との文言が区別され、前者は資力要件の留保があるのに対し、後者はこれがなく、単に「無料」となっていることから、人権 B規約は通訳については、後日国家からの求償を前提とすることなく、端的にその費用の「被告人の不負担を定めたもの」である。
本判決は、後者を選択した。憲法37条2項の上記大法廷判決の解釈を前提にするとしても、通訳の機能は証人と完全に同じではなく中立性が求められる。また、通訳は、裁判所が被告人の陳述を理解するためでもあり、この意思伝達補助の機能は、「裁判が裁判として成り立つための不可欠の要素である」。訴訟費用を刑事被告人に負担させる理由が犯罪行為から生じた結果としての有責性にあるならば、通訳が必要となるのは、犯罪性ゆえでなく。法廷で用いられる言語で意思疎通ができないゆえであり、ここに有責性はない。本判決は妥当であろう。