(巻二十五)保護色となりて声上ぐ雨蛙(大竹照子)

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(巻二十五)保護色となりて声上ぐ雨蛙(大竹照子)

4月26日日曜日

(俳句)

朝日俳壇、今日はこの句を書き留めました。

鶯や時を止めたるひと呼吸(友井正明)

(散歩と買い物)

曳舟川親水公園を江北橋通りまで進み、右折して環八まで歩き、二丁目の桜通りに入り、生協まで歩いた。
写真はユーロード商店街が江北橋通りで終わるところ。
本日四千五百歩。
昨日より通り一本外側を歩いたので歩数がその分伸びた。

交通量が少ないので環八をブンブン飛ばして走っていく。人もそれほどは出ていない。
親水公園の遊歩道には若夫婦、中年夫婦、老夫婦と二人連れが多いように思える。
二人で歩ける二人が二人で歩き、そうでない二人はそれなりに一人ずつで生息しているのであろう。

この12日間をず~と夫婦で過ごすことになってゴタゴタが起きているところもあるでしょう。始終同じ屋根の下に居る苦労人としてご助言申し上げるなら“接触機会の八割削減”ですね。二人はよく云われるお巡りさんと泥棒の関係になるのですが、そうならずに二人がお巡りさんになるのが最悪でしょう。あたしゃこそ泥やってます。

妻有らず盗むに似たる椿餅(石田波郷)

生協の棚ではカルビーの製品が品薄。同じようなポテトチップスでも生協印は棚に残っている。違いがあるのだろう。パスタも品薄で二袋規制。ここでも残っていたのは生協印。その他は特に欠品はないようだ。
牛乳が僅かしか残っていなかったが、学校給食がないので牛乳は剰り気味とのことだから、これは配送の関係だろう。

配達の終わらぬ焦り冬の暮(ヨシザネユミ)

(BBC)

6 Minute English
The power of crying
Does crying make you feel better? We discuss crying and teach you vocabulary.
https://www.bbc.co.uk/programmes/p08b8j2l 


(読書)

夫婦のノロケ随筆で思い当たるのは池部良さんの以下の作品です。五木寛之先生なんかもノロケています。

 「新種の涙 - 池部 良」文春文庫 文藝春秋編巻頭随筆から


ひとが流す涙には何千何百と種類があると思う。
我が家には子供が居ない。夫婦二人、テーブルの縦横に並んで坐り二メートル半離れたテレビを観る。チャンネルの絶対的確保権は家内が掌握しているから僕の好む教養ある番組やスポーツ番組は大方見せて貰えない。二台目のテレビで見ようとすると、「同じもの観たくないの、そんなに水臭いの」と来るから、家内の見ている画面に目を据える努力をする。結果、「水戸黄門」「大岡越前」「遠山の金さん」「必殺仕切人」、「三浦さん情報」なんてのに蘊蓄が出来た。蘊蓄出来る事に問題はないのだが同業者が演じているから兎角批判がましく冷めた目で見る。ストーリーの中に没入適(かな)わず、しかも些かの興奮もなく、面白くもなんともない。
だが家内は夫が俳優であることに心を致していないのか、僕が「公敵」だと思っている同業者の芝居の世界に首根っ子まで浸り切っている。彼女は浸り切っていても口だけは動かしている。到来ものの栗まんじゅうなぞを食べ、果物の香りのするフォーションの紅茶を啜っている。俺にもくれよと言うと、「餡こは糖尿病の元。だからダメ。私の言うことを聞かないで寝たきりになったら私は看病しないわよ」と言う。
間が抜けてする事なしだから煙草をくわえると「肺癌の元。だからダメ」と火をつけさせてくれない。煙の出ない煙草をくわえ、後手に両腕を畳につき、そっくり返って画面に目を遣る。目を遣るだけだから見るともなしに見るの感じ。
劇は進行している。少女と丸髷の年増が現われた。江戸 を離れ母を尋ねて三千里、やっと逢えた母に「おっかさん」と叫ぶ娘。年増は手を差し延べようとしない。年増の心の内は「実は母だよと名乗りたいのは山々だが、下手に名乗れば悪いあいつにこの子も殺される」と思う。「あたしあ、お前なんかのおっかさんじゃないよ」と横を向く。その拍子に帯の間から半分に折れた櫛がぽろり。「あ、あたいがその半分を持ってるよ。やっぱり」と娘。「でも違うったらさ」と年増が逸らす目に涙。
見るともなしに見ていた筈の僕は泣いた。
滂沱(ぼうだ)と涙。止めようがない。娘の気持も母の気持もようく解る。「水戸黄門」なんぞ見て泣くなんてこんなみっともないことはない。家内に気取られないよう口を拭くふりをし指先で涙を押える。家内は如何(いかが)、と 覗いたら、眉間に皺を寄せ口半分に入れた栗まんじゅうをくわえたままぼたりと涙を頬に伝えていた。
夫婦揃って、「水戸黄門」なんぞに涙を流している図なんて絵になる訳がない。
もし倅が娘が居たら「お二人さん、老人性涙症候群だぜ」と言われるのがオチ。
新聞の投書欄を見る。よくも手前勝手な事を考えるもんだと思うような投書、何にでも革新的に反対すれば正論だと思っているような投書もある。日本人ってそんなところがあるんだなと思っていた或る日。
「私、国電、一区間の切符を買おうと致しました処、生憎、一万円一枚しか持ち合わせがございませんでした。窓口は若い方でしたからこれでお釣りを、と言えば小銭ぐらい用意しとけよ。糞ばばアとどなられるに相違ございません。で もくずす時間がなく思い切って恐る恐るこれでと一万円札を差し出しましたら、その窓口の若い方がはいはいと微笑みを向けて下さり抽(ひ)き出し全部を開けお釣りを掻き集めながら急いでおいででしょうけど一寸待って下さいよと言って下すった。今時、国鉄のお若い方でこんな親切な優しい方がおいでかと拝む気持ちでございました」
僕の目はたちまち曇り、最後の一行は霞んで読めない。瞬き涙を目玉の上下に散らしてみたが読めなかった。僕は投書の老婦人と一緒に拝む気持ちになってしまったのだろう。
この投書の話を家内にしたら、「国鉄にしては珍しい動物だわネ」と取り合ってくれなかった。
家内とは十六歳も年に差がある。十六年も若いと以上二つの話、両方共に泣けないのは解る気もす るが、十六年年上の僕は二つ共にどっと涙が吹き出てしまった事は淋(さび)しく悲しいことだった。
つまり二十代から四十代まで、感性、感受性、感情の鋭敏さに乗りに乗っていろんな涙を出して来た。だが最近のどっと溢れる涙はとるに足らぬ話などに流す涙で、「鋭敏」に乗せられた涙ではなく、甚だ別口な涙のような気がした。
言うなれば役に立たない「新種」の涙ということになる。近頃、殊に近頃「お若いですな」とよく言われる。若いと言われて嬉しくないはずもないが、若いの上に「お」の字を付けられると嬉しさは抵抗に変り、どうもさっぱりした気分にならない。さっぱりしないという事は、見た目と大正何年かに生れた肉体とどっちがほんものなのかと思いながら、極めて自然に「新種」の 涙を迸らせてしまうことの焦燥ね解決に悩む事なのかも知れない。癪だからこの「新種」に若々しい名前をつけ大々的に流してやろうとは思うのだか、何故か躊躇がある。