「納豆の食べ方 ー 中島春紫」発酵の科学 BLUE BACKS から

 


「納豆の食べ方 ー 中島春紫」発酵の科学 BLUE BACKS から

日本全国で納豆は年間約25万トン生産されており、1パック50グラムとすると、日本人は平均して1人当たり年間に40パックの納豆を食べている計算となる。
納豆菌を種菌メーカーから購入するため、糸引き納豆の品質は全国でほぼ均質であり、商品の差別化は原料の大豆によるところが大きい。その結果、丸大豆、大粒、小粒、極小粒、ひき割西り、国産、有機、黒豆などを看板とした個性的な納豆が各地で生産され、さまざまな味わいの納豆を楽しむことができる。
「納豆」「納豆汁」は冬の季語であり、俳句の世界では納豆は冬の食べ物となっている。一方、 「なっとう」の語呂合わせより7月10日は納豆の日とされ、茨城県などで納豆祭りが開催されている。
納豆は保存食品というイメージがあるが、繊細な発酵食品であることから賞味期限は1週間程度に指定されていることが多い。賞味期限には安全係数が見込まれているので多少過ぎたところでただちに問題となるわけではないが、納豆が古くなると糸引きが弱くなることに気がついている読者は多いだろう。だが、そこで捨ててしまうのは早計である。これは糸引き成分のγーポリグルタミン酸の分解が始まっているためだが、これにより旨味成分のグルタミン酸が生成している。納豆は賞味期限ギリギリが美味しいと言われるのにはこのような根拠がある。納豆に限らず発酵食品というものは、いずれも十分に熟成したものが美味しい。一方、古くなってアンモニア臭を発するようになった納豆は、タンパク質の分解が進みすぎて腐敗が始まっていると考えられるので、即座に廃棄したほうがよい。
納豆の食べ方の基本は、なんといってもホカホカの白飯にかける納豆ご飯であろう。納豆の粒と米粒が口中で混ざり合う絶妙なハーモニーの食感を楽しむことができる。この醍醐味はパンやパスタに納豆をかけても味わうことはできない。
このとき、どのくらいかき回すかは人によってこだわりがあるだろう。納豆は十分に空気を含ませて、ふんわりした食感で食べるのが美味しい。先にたれや醤油などを加えてしまうと水分が多くなって粘りが不足しがちなので、納豆を最低でも50回くらいは気合いを入れてかき回し、それから薬味やたれなどを加えることをお勧めしたい。
納豆好きの中には、納豆を親の敵でもあるかのような勢いで数百回もかき回す人がいる。そこまでやっても糸引き成分の粘度には限度があるので、労力に比例してふんわりとはならない。また、かき回すことにより糸引き成分が部分的に分解し、旨味成分のグルタミン酸が遊離して美味しくなるという説もあるが、原理的には人間が感知できるほどの差は生じないと考えられる。しかし、納豆はかき回すほど美味しくなるという主張について、筆者は無意味とは思わない。「美味しくなあれ」と念じて納豆をかき回す期待と思い入れに加えて、空腹という最高の調味料が添加されているのだから、その納豆は何にも増して美味しいことだろう。
納豆には醤油やたれの他にネギや辛子を加えることが多い。これには納豆のアンモニア臭などを消す効果がある。さらに、ウズラの卵や鶏卵を加えたり、削り節、海苔、ミョウガ大根おろし、オクラなどの具を加えることにより、さらに納豆ご飯のバリエーションが広がる。
味噌汁に納豆を加えた納豆汁は東北地方の郷土料理であり、素朴ながら寒い季節には身も心も暖めてくれる。納豆を天日干しにした干し納豆は茨城県の郷土料理であり、お茶請けになる保存食である。納豆を酢飯と海苔で巻いた納豆巻きは寿司ネタのひとつであり、味の強いひき割り納豆が使われることが多い。
そのほか、おぼろ納豆、揚げ納豆、塩納豆、納豆和え、スタミナ納豆など、日本各地でさまざまな方法で納豆が食されている。さらに、納豆を蕎麦、うどん、チャーハン、和風のパスタ、お好み焼きなどにトッピングや具として加えた料理が数え切れないほど存在する。納豆は比較的癖の強い食品であり、食材との相性はやさしくはないと思われるが、それでも納豆を用いたんとにが次々に工夫されている。これこそ納豆が日本人に心から愛されている証拠であろう。