「雑草はなぜそこに生えているのか(6節抜書) ー 稲垣栄洋」ちくまプリマー新書 から

 


「雑草はなぜそこに生えているのか(6節抜書) ー 稲垣栄洋」ちくまプリマー新書 から

外来タンポポと在来タンポポ

タンポポの例を話すことにしよう。
よく知られているように、日本には昔からある在来の日本タンポポと、明治時代に日本にやってきた外来の西洋タンポポがある。
本当は日本タンポポと呼ばれる中にも種類がたくさんあって、外来のタンポポも西洋タンポポ以外にもあるが、ここでは象徴的に、日本タンポポと西洋タンポポという比較をすることにしよう。ついでに、植物名はカタカナで書くのがルールだけれども、わかりやすく日本タンポポ、西洋タンポポと表記してしまう。
55ページでは、黄色い花は集まって咲くと紹介した。
タンポポは、黄色い花なので、タンポポもまた、集まって咲く。
そう聞くと、いや、集まって咲くのではなく、一株で咲いているタンポポもあるのではないか、と反論する人もいるだろう。
じつは、集まって咲くタンポポと、一株だけで咲いているタンポポは種類が違うのである。春先に、集まって咲いているのは、昔から日本にある日本タンポポの方である。
一方、西洋タンポポは、集まって咲くことなく、一株だけで咲いていることも多い。じつは、西洋タンポポは花粉がつかなくても種子を作ることができる「アポミクシス」という特殊な能力を持っている。そのため、まわりに仲間がいなくても、花粉を運ぶ昆虫がいないような環境でも、種子を作ることができるのだ。
西洋タンポポが、自然の少ない街中などに多く見られるのはそのためである。
また、西洋タンポポは春だけではなく、一年中、花を咲かせて種子をつけることができる。こうして、どんどん増えていくのである。 

西洋タンポポが増えている理由

最近では、西洋タンポポが増殖して、勢力を拡大しているのに対して、日本タンポポがだんだんと数を減らしていると指摘されている。
どんどん花を咲かせて、どんどん種子を作ることができる西洋タンポポの方が、日本タンポポよりも有利なのだろうか。
そんなことはない。
日本タンポポは、春しか咲かない。そして、種子をつけると根だけ残して、葉が枯れてしまうのである。カエルやヘビが土の中で冬をやり過ごすことを「冬眠」と言うように、日本タンポポの場合は、夏の間、根だけ残して土の中で過ごすので「夏眠」と呼ばれている。
日本タンポポが「夏眠」をするのには理由がある。
夏になれば、他の植物が生い茂る。こうなれば、小さなタンポポには光が当たらない。そこで、日本タンポポは、他の植物との戦いを避けて、地面の下でやり過ごすのである。 
つまり、日本タンポポは、他の植物が生い茂る日本の自然環境では戦略的なのである。
一方、西洋タンポポは、春だけでなく、夏にも花を咲かせようとするので、他の植物に負けてしまう。そのため、他の植物があるような場所では生存することができないのだ。その代わりに、西洋タンポポは、他の植物が生えないような都会の道ばたなどで花を咲かせて、 分布を広げているのである。
西洋タンポポが広がり、日本タンポポが少なくなっているとすれば、本当は、日本タンポポが生えるような日本の自然が減少し、都会の環境が増えているということなのかも知れないのである。
西洋タンポポと日本タンポポと、どちらが強いということはない。西洋タンポポも日本タンポポも、どちらも自分の得意な場所に生えているのである。

西洋タンポポはなぜ成功したか

西洋タンポポが、日本で成功した理由をおさらいしてみよう。
それは、日本の他の植物が生えない環境に侵入したということである。帰化雑草にとって、 気候風土の異なる日本は、アウェイゲームである。日本に自生する在来の植物がスクラムを組んでいるところに、正面から突っ込んでいくのでは勝ち目がない。そこで、他の植物が生えない場所が侵入のチャンスとなるのである。
埋立地や、工事で造成した新しい土地は、帰化雑草にとっては格好の場所となる。帰化雑草は、そのような場所で繁殖して、広がっていくのである。
そのため、成功している帰化雑草は、不毛の土地に最初に生える「パイオニア植物(先駆植物)」としての性格を持っているものが多い。
もう一つ、帰化雑草にとって有利な性質は「コスモポリタン(広分布植物)」であることである。人間でも世界を股に掛けて活躍している人はコスモポリタンと呼ばれているが、雑草も世界中で見られるものはコスモポリタンと呼ばれている。
西洋タンポポは、花粉を運ぶ昆虫がいないような環境でも種子を作ることができた。コスモポリタンになるための条件は、色々だろうが、どんな環境であっても生育し、種子を生産できる適応性は、未知の土地で生きるために必要なことだろう。

セイタカアワダチソウの悲劇

成功している帰化雑草だからといって、もともと強い雑草だとは限らない。
帰化雑草の代表のように言われて嫌われている雑草に「セイタカアワダチソウ」がある。
セイタカアワダチソウの名前は「背高」に由来している。その名のとおり、数メートルもの高さになり、河原や空き地などを覆い尽くしてしまうのである。まさにモンスターのような植物である。
セイタカアワダチソウは、北アメリカ原産の帰化雑草である。
ところが、不思議なことに、セイタカアワダチソウは、原産地の北アメリカではあまり背が高くならない。高さ一メートルにも満たない草丈で、黄色い可憐な花を咲かせる野の花なのである。
そのため、セイタカアワダチソウは、アメリカの人々からは、可愛らしい祖国の花として愛されている。セイタカアワダチソウの英名は「ゴールデンロッド(黄金の棒)」ケンタッキー州ネブラスカ州サウスキャロライナ州デラウェア州では、ふるさとの風景を代表する州の花として選定されるほどの人気である。
どうして可愛らしかった野の花が、モンスターとなってしまったのだろうか。
原産地では、問題にならなかった植物や昆虫が、外国に渡って猛威を振るうことがたびたびある。この現象を説明してくれるのが、「天敵解放仮説」である。母国の環境では、さまざまな天敵や病原菌がいて、個体数を抑制している。あるいは、天敵から身を守るためのさまざまな防御手段にコストが掛かる。しかし、異国の地では天敵がいないために、のびのび
を思う存分、成長や繁殖ができるというのである。 また、タンポポの場合は、日本のもともとの植物が西洋タンポポの成長を妨げていたが、セイタカアワダチソウの場合は、少し事情が違ったことも大きく影響している。

一人勝ちは許されない

セイタカアワダチソウは、根から有毒な物質を出す。この物質で、周りの植物の芽生えや生育を抑制するのである。そして、ライバルのいなくなった場所に一面に大繁殖して、大きな群落を作ってしまうのである。
このように植物がさまざまな化学物質を放出して、まわりの植物を抑制したり、害虫や動物から身を守ることを「アレロバシー(他感作用)」と呼んでいる。
化学兵器を使う」というと、ずいぶんと特殊な感じがするかも知れないが、ほとんどの植物が多かれ少なかれ、化学物質を出して自らを守っていると考えられている。そして、植物はさまざまな化学物質で攻撃し合いながらも、バランスを取って生態系を作り上げているのである。
実際、セイタカアワダチソウは原産地でも、同じように物質を出していたはずである。しかし、長い時間を掛けて、共に進化を遂げてきた周りの植物たちにとっては、セイタカアワダチソウが出す毒など、わかりきった物質なので、そんなもので枯れることはない。競争のために、さまざまな物質を放出しているのは、お互い様なのである。
しかし、日本では違う。日本で進化を遂げてきた植物にとって、セイタカアワダチソウが出す物質は、初めて経験する未知の物質だったことだろう。そのため、その物質に簡単にやられてしまったのである。
そして、ライバルのいなくなったセイタカアワダチソウは、祖国で愛された姿は見る影もないほどに変貌し、猛威を振るい始めたのである。
しかし、セイタカアワダチソウにとっては、 それは不幸の始まりだった。
ライバルもなく一人勝ちすることは、セイタカアワダチソウにとっても初めての経験だったのである。
セイタカアワダチソウだらけになってしまうと、セイタカアワダチソウが出す毒物質は、 自らの発芽や成長も蝕[むしば]むようになっていった。そして、やがてセイタカアワダチソウは衰退していったのである。
その頃になると、セイタカアワダチソウを追いかけるようにして、セイタカアワダチソウの害虫も日本に帰化してきた。さらには、日本の植物病原菌も、セイタカアワダチソウに感染するように変化をした。
こうして、追い討ちを掛けられて、セイタカアワダチソウはますます衰退していったのである。
最近では、セイタカアワダチソウに一時ほどの大繁殖は見られない。ススキなどの在来植物に負かされているところもあるし、アメリカで見るように小さな野の花で道ばたに咲いているようすも見られる。まさにセイタカアワダチソウの盛衰を見るようである。

日本から海外へ

帰化雑草と言うと、外国から日本にやってくるイメージがある。
しかし、逆の例もある。外国からやってきた雑草が日本で問題になるように、日本ではあまり問題になっていないのに、海外で雑草として猛威を振るっているものも存在する。
たとえばクズは、葛粉や葛餅の原料となり、昔は秋の七草としても親しまれていた日本古来の植物である。ところが、最近では海外では雑草として問題になっている。
もともと、クズは成長が早いので、土砂流出が進むアメリカでは、大地を緑で覆う救世主として期待され、導入された。しかし、そんな人間の思惑に収まりきらず、またたく間に広がって問題になっている。猛威を振るうクズはアメリカでも「Kudzu」の名で恐れられているのだ。
もっとも、クズは日本でも最近では、 して問題になっている。昔のようにクズの根を掘って利用しなくなったことや、土が富栄養化していることなどが原因ではないかと考えられている。
イタドリも、日本から外国に渡った帰化雑草である。イタドリは、日本ではまったく害にならないが、ヨーロッパに渡って、猛威を振るっているのである。また、お月見などで日本人に愛されているはずのススキも、日本からアメリカ大陸に渡って雑草として大暴れしている。
どんな境遇が、植物たちをモンスターに変えてしまうのだろうか。
嫌われ者の帰化雑草も、好んで外国へ行ったわけではない。どれも見ず知らずの新しい土地に連れて行かれたに過ぎないのである。
故郷に錦を飾るではないが、外国で一旗挙げて凱旋帰国する雑草もある。
ねこじゃらしの別名で知られるエノコログサの仲間に、アキノエノコログサがある。
アキノエノコログサは日本では道ばたの雑草というイメージだ。
東アジア原産の雑草だが、いつのころからかアメリカに渡って帰化雑草として、広がった。 そして、背の高いトウモロコシなどにも負けずに、畑の雑草として問題となるようになったのである。
ところが、最近は日本でも、道ばたの雑草であったアキノエノコログサが、トウモロコシ畑に侵入して問題になるようになってきた。これは、アメリカで畑の雑草になったアキノエノコログサが日本に帰化植物として侵入しているのではないかと考えられている。まさに、 海外仕様の日本車が日本に輸入される「逆輸入」のような現象だ。
もしかすると、このように日本の雑草と同じ種類が海外からやってきているのではないかと推察されているが、同じ種類の雑草が日本に入ってきても、見た目には区別がつかない。 見た目に区別がつくような異様な姿の帰化雑草は、まだ問題が少ない。じつはこのスパイのような帰化雑草が見えざる問題となっているのである。