「送致」「送検」「書類送検」 ー 古野まほろ」幻冬舎新書 警察用語の基礎知識
やはりメディア用語の代表例
これも、メディア用語と業界用語が微妙に異なっている例です。
業界用語では――というか法令用語でも一緒ですが「送検」「書類送検」は用いません。
これは、「容疑者」のように、用いることもあるが普通は用いないというレベルではなく、「重要参考人」「検死」のように、絶対に使わないレベルです。警察官の脳内辞書にありません。 警察官の脳内辞書に登録されているのは「送致」、ソウチだけです。
ただ、意味としては「送検」「書類送検」はとても解りやすいと思います。その意味で、例えば創作物等でリアリティの万全を期す必要があるなら別論、一般社会ではあまり目くじらをるべき用語でもありません。というのも、業界用語でいうソウチとは結局、検察官に送ることだからです。
何故、検察官に送る必要があるかというと、警察と検察は別の会社だからです。そして、警察は「捜査」ができますが、事件の「起訴」なり「公判の維持」なり要は刑事裁判における各種の仕事は全くできません(権限がありません)。刑事裁判における各種の仕事は、刑事裁判の当事者・刑事裁判のプレイヤーである、検察官がやることです。警察は、刑事裁判のための証拠を集めますが(捜査)、刑事裁判のプレイヤーそのものではありません。よって、 警察が捜査した事件については、「捜査できましたんで(証拠を集め終えましたんで)、ひとつ起訴をお願いします」といったかたちで、検察官にバトンタッチする必要が生じるのです。 バトンタッチのことを全てソウチといいます。事件を検察官の手に移す手続が、 が、ソウチです。
「書類」も「人」も「事件」も送る
よって、ソウチの対象は警察が検察官にバトンタッチするそのバトンはーまず「事件そのもの」であり(例えば、古野某を被疑者とする窃盗事件そのもの)、それはつまり関係書類と関係証拠であり(古野某について作成した捜査書類や、古野某について収集した証拠物)、 また、逮捕しているのであれば=身柄を獲っているのであれば被疑者そのもの(古野某本人)
でもあります。要は、前述のとおり、まさに「事件を送る」のです。
ここで、メディアの「書類送検」という言葉とソウチの関係を考えると――「書類送検」とは、身柄を獲っていない事件(在宅事件)についてのソウチだといえます。ここで別段、「あらゆる事件の被疑者を逮捕しなければならない」というルールはありませんので、世の中には、 逮捕されないまま起訴等される被疑者も多いわけです。この場合、捜査手続の流れを細かく見れば、①まず警察による捜査があって、②そこで被疑者を逮捕しないことが決まり、③そのまま証拠の収集を終え、➃いよいよ刑事裁判に勝てるだけのレベルになったので、⑤身柄を獲らないまま事件をソウチした――と、こういう流れになります。なるほど、この種のソウチを 「書類送検」というのは、これまた意味としては解りやすいですね。要は「身柄事件じゃない」 ということを端的に表現しているわけですから。ただし、野暮な注釈を入れれば、やはり送られるのは「事件」であることと、送られるのは書類だけでなく「証拠物」も含まれることが指摘できます。いずれにしろ、身柄事件であれ在宅事件であれ、警察官としてはどちらもソウチするだけです。
ちなみに、刑訴法は古い法律なので、用語の整合性なり平仄[ひようそく]なりが合っていないことがあります。例えば刑訴法は「送付」という用語も使いますが(告訴・告発・自首事件のバトンタッチのときに使っている)、これは「送致」と全く同じ意味とされます。古い法律では、こういうことがまま生じます。